グローバルセッションイメージ

2021/10/11

2021年10月2日(土)第343回グローバル・セッション・レポート

開催日:2021年10月2日(土)10:30~12:30
場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:玉野井麻利子さん:アメリカUCLA人類学部名誉教授・(立命館大学院非常勤講師)
コーディネーター:亀田博さん
参加者:7名

 今回のタイトル:「人類学とは何か」を気軽に考えてみよう

「人類学とは何か?」と聞くと、そんなのどこから初めたらいいの?そういう声が聞こえてきそうです。

実は一応人類学者である私にも答えに困るのです。

そこで、昨年、アメリカのロサンゼルスに住む日本人向けの無料月刊新聞に「人類学者の奮闘記」という連載を書きました。

今回はその原稿を元にお話しようと思います。

「人類学」、なんとも厳しい言葉ですよね。我々人類(ホモサピエンス)についての研究?

人類はひとつ、でも私たちは様々な方法で人類を分類しますー国籍で、肌の色で、進化の程度で、宗教で、使用する言語で。。。ヒトの「多様性」は私たちの生活に様々な恩恵を与えますが、戦争、差別もおこっています。

今日はこのような視点から、人類とは何なのか?皆さんと一緒に考えていきたいと思います。」

「What is ANTHROPOLOGY?  Isn’t it a dry, boring, hard science?  Where to begin to understand what it is?  To tell you the truth, even though I am an anthropologist, I always find it impossible to explain what it is.  Last year (2019-2020), I contributed a series of short articles, titled人類学者の奮闘記 or the struggle of an anthropologist, to the monthly newspaper circulated in Los Angeles area.  Based on these articles, I will try to demonstrate that anthropology is a fun science: it makes you to understand who you are. 」

自己紹介

亀田さん(コーディネーター):自己紹介をお願いします。

M・Sさん:多文化共生センターのスタッフで、週に2回ほどセンターに来て相談にのっています。その他に「ふるさと亀岡ガイドの会」のガイドで月に1回か、2回城下町亀岡をめぐっています。また、ガレリア3階の「みんなのネットワーク」の理事や国際交流協会の理事もしています。このGlobal Sessionは、最初のころからずっと参加しています。

R・Sさん:教員をリタイヤしたあと、ひまわり教室で、外国につながる子どもさんた保護支援をしたり、「みんなのネットワーク」の仕事もしています。通常は、コロナのために、ここ2年間ほどはいろいろな活動がなくなり、それをもう一度やるというのは、多分ものすごいエネルギーが必要になると思うのですが、このGSのような機会が常にあると、ひととつながれると思います。

F・Mさん:2020年の12月にオーストリアから日本に来てオーストリア出身の夫と亀岡に住んでいます。途中で私だけ、また帰国していましたがこの6月に再入国して日本にいます。今は逆文化ショックを感じています。長い間、日本に住み続けたことがなかったので、日本の人の物の考え方が変わったと感じたり、腹がたっても誰に聞いたらいいのかわからないこともあり、とまどうことがたくさんありました。オーストリアでは、日本語教師をしていました。

M・Sさん:奥さんがしばらかくいなくても、夫さんはひとりで生活されていましたね。

F・Mさん:夫はその時々の状況判断がうまいのだと思います。

S・Oさん:高校3年で立命館宇治に通学しています。児嶋きよみさんの孫で、自分とちがう世代の人の話を聞きたいなとこのGSに参加しました。その中でぼくなりの視点があるかもと思っています。

児嶋:このGlobalSessionは、1999年から毎月1回続けていて、今回は、343回目になります。でも、この8月・9月は開催していなかったと今気づき、びっくりしています。そのため、今年は10月が2回、11月が2回開催予定です。どうぞ参加していくださいね。

亀田さん:大津市から来て参加しています。このGlobalSessionへの参加も長く続けています。玉野井さんをゲストにお迎えしたのも3回目になりますね。前回は2019年で、アメリカの大学の教育についてであったと思います。仕事はツアーガイドをしています。ここ1年半くらいは、外国へ行くことも外国から来る人々の日本国内でのガイドの仕事がありません。2020年3月から日本は入国を禁止し、中国からもビザを出していないので、大勢来ていた観光客がいっさい来ていませんね。でも、ペキンにユニバーサルスタジオができたので、上海だけでなくて、日本に来なくてもいいようですね。来年も多分まだだめではないかと思っています。

児嶋:以前の中国からの観光客を、関空で見た時、土産として買っているのは、炊飯器がたくさんあったと覚えていますが。

亀田さん:そのほかに、水洗トイレの上の部分も多かったですね。それが第1位で2番が炊飯器で、日本の米も買って帰る人が多かったです。そのほかに、目薬とか化粧品もありました。最近では中国の高所得者向けに「人間ドッグ」も人気でした。それとか、韓国向けには「ぷち整形」とかも。これからは、中国政府がみやげに税金をかけるらしくてあまり買って帰ることはできないかもしれませんね。

亀田さん:玉野井さんも簡単に自己紹介からお願いします。

玉野井さん:私は、大阪生まれの関西育ちで、大学に入ってから東京に行きました。1978年にアメリカからフルブライト奨学金をいただき、5年間留学しました。この奨学金の規則ではその後は必ず、日本に帰国することが条件だったのですが、私はアメリカで結婚したこともあり、そのままアメリカに滞在し、人類学を学び、博士号を取得しました。その後2019年までアメリカの大学で教えておりました。アメリカの大学では、退職制度はありません。みなさん、自分でいつ退職するかを決めます。私の場合は2019年に引退をして日本に帰国ました。

京都に住み始めて気が付いたのは、京都は方言が生きている地域だなあということです。私の母は京都出身で、父は大阪で、ずっと関西に住んでいたわけですが、海外では会う日本人はさまざまな地域から来ているので、ほとんどが標準語を使用していました。F・Mさんが言われたように私も、「文化的逆ショック」を受けています。特に最近のことばで、「トリセツ」とか、「バズル」とか、「めっちゃ」とか。楽しむこともありますが、腹がたつこともありますね。現在は、立命館大学大学院で児嶋さんも在籍していらした先端総合学術研究科で非常勤講師をしています。さて、ここで本題にはいります。

アメリカの大学では、大学生が卒業する前に、学生の保護者と会い、話をする機会があります。そのような時に、「人類学をやっていて就職口はあるのか?」とか、聞かれます。そのために、「人類学を学んでいる学生の父母への人類学講座」が必要になります。

まず、皆さんにおききします。人類学とはどのような研究だと思いますか?

S・Oさん: 最近『サピエンス全史』という本を読み、歴史として、人はどういう営みをしてきたのかを考えています。人類学では、証拠をつなぎ合わせて歴史というのを作っているのでしょうか?

M・Sさん:人類誕生の歴史からの研究でしょうか?進化も含めて。

R・Sさん: 幅広い分野を含んで居る感じですね。生物の進化をしながら、作り上げていくのが文化かと思いますが。

玉野井さん:人類学というのはとても幅が広い学問だと思います。今の日常生活でだれもが思う、「なぜ戦争は終わらないのか?」とか、「女性は今もなぜ差別されるのか?」などこのような疑問も人類学と関連があります。ギリシャ語のanthropol(s)は、人間とか、ホモサピエンスという意味です。Anthropomorphismは、擬人化というような意味があります。

人類学という学問ができたのは、19世紀でかなり最近です。米・英・仏で生まれてきました。この時代の人類学者のなかにはBoasとMalinowski(マリノフスキー)がいます。Boas (1858~1942)は、ドイツ生まれのユダヤ人でアメリカに渡りました。マリノフスキーはポーランド生まれで英国に渡り、英国の植民地であったパプアニューギニアで最初のフィールドワークをしました。Boas はアメリカで初めて人類学部を創設しました。彼はエスキモー(Inuit)の研究をしたことで知られています。

当時グリーンランドに行くことは不可能だったので、Boasは、とある探検家のひとりにエスキモーの家族 (7人)をグリーンランドから連れてきてもらい、ニューヨークにあるMuseum of Natural Historyの地下に住まわせ、実験材料として研究をしたようです。彼らの体型、言語、習慣などを観察していたのですが、インフルエンザにかかって7人家族の内1番小さな子どもを残してみな死んでしまいました。生き残った子どもは英語を学び、アメリカの生活に馴染んだかに見えましたが、つれてきた探検家が彼をグリーンランドに戻してしまう。ところが本来はそうであるはずだった自分の文化にも馴染めず、またアメリカに連れてきてもらいます。が、今度はほったらかし。結局インフルエンザにかかり、なくなってしまうのです。

私は、アメリカで人類学の入門クラスを教えるとき、かならずこのエピソードから始めます。つまり、人類学とは西欧(Boasの、あるいはこの探検家の)のおごりから始まったと。上から下を見下ろしていると言えます。

アメリカの人類学はその後、Native American Indiansの研究が中心となります。でも皆さん、当時(19世紀後半)は、ニューヨークの動物園でアフリカにいる民族のひとつ、ホッテントットの子どもを檻に入れ、見世物にしていました。そんな時代に、「人はだれであろうと、文明人でも未開民族でもが文化を持っている」ということを証明しました。そうして、アメリカでは文明人は社会学が、未開民族は人類学が、という分業が発展したのです。

アメリカの人類学部は、1.生物人類学、2.考古学、3.言語人類学、4.文化(社会)人類学の4つに分かれ、私は第4の文化社会人類学を専攻しました。1は主に進化論を、2は歴史を、3は言語を、4はヒトの多様性を軸として展開しています。すべてに共通するのは「文化」という考えの追求です。

ところで、日本では包括的な人類学部をもつ大学はほとんどありません。今のところの学、東京大学、東京都立大学、埼玉大学ぐらいでしょうか。これらの大学も、たとえば東大の場合生物人類学は医学部とか、理学部におかれているようです。

私がどうして人類学に興味を持つようになったかというと、日本の大学生の1年だったころ、メキシコに留学する機会に恵まれたときです。当時のメキシコ大統領は息子を慶応大学に留学させていました。そのお礼にと、日本全国からメキシコへの留学の応募者をつのったのです。その結果、1年間メキシコに留学しました。ホームステイをし、家族とともに住んでいたのですが、なんと大金持ちの家族で、メイドさんがいて、下着まで洗濯してアイロンをかけて返してくれるのです。しかしこういう人々はわずか、貧困が蔓延しています。メキシコはすばらしいアステカやインカ文明があった国ですが、征服されてほろんでしまいました。そこで見た貧困の格差と、その歴史が今の私を作ったような気がします。《知らない国へ行くのはおもしろい」と思ったのが人類学に進むきっかけだったのかもしれません。

F・Mさん:文明人と未開民族はどこで線を引くのでしょう?

玉野井さん:文字を持つかどうかでしょうか?

F・Mさん :文字がなくても絵で伝えられる民族もあったのではないでしょうか?

玉野井さん:もちろんです。絵や寓話や、記憶を送り続けることによって。でも文字を持たないということが、フィールドワークという方法を作ったと思います。今は未開民族はいません。それと同時に人類学はいわゆる文明国でもフィールドワークをするようになりました。文字をもっていても、かかれなかった歴史はたくさんあるわけですがら。たとえば女性史がはじまったのは20世紀になってからですね。 

M・Sさん:フィールドワークというのは、具体的にどのようにするのですか?

玉野井さん:ある地域に住んで、そこにいる人たちと毎日くらし、聞き書きをしたり、また私の場合は文書を読むこともあります。フィルドワークでは大体女性に聞く方が、生き生きした話が聞けるようにおもいますが、これはフィルドワークの難しさでもあります。

M・Sさん:F・Mさんは、旦那さんとどこで知り合ったのですか?

F・Mさん:11才でCISVという子どもの国際夏休み村にアメリカで参加し、そこで会いました。そこでは「戦争が始まったら、どこへ行くの?」などという視点で話合いがありました。

R・Sさん:今でも北海道でアイヌの人の骨を掘り起こすとか、沖縄の人の骨が散らばっているところを、港にするために掘り起こしているとか、矛盾がたくさんありますね。中国でも天安門事件で「君たちの意見はよくわかる」と言った趙紫陽さんは、家の中に閉じ込められたまま亡くなりました。全体主義の監視下では、つながっていくはずの学問がつながらないという側面もありますね。」2021/10/12一部修正

玉野井さん:日本も中国を占領地にした時代に、中国人にたいして人体実験したことがありました。

玉野井さん:何か他に質問はありますか?

S・Oさん:誰もが文化を持つと僕は思います。僕は絵や、音楽で表現をすることで何かをつくり上げる仕事をしたいと思っていますが、曲を作るのも周りの影響を強く受けていると思います。高1の時にカナダにホームステイしながら留学していましたが、自分と同世代のみんなと関わりながら、自分が日本の文化にどのように影響を受けてきたかをいろいろ感じていました。毎日ちがいがどうしてこんなにあるのだろうと考えていました。人生はほとんど同じ長さのはずなのに、どうしてこんなにちがいが生まれるのかと不思議でした。どういう経験がこのようにちがいを生むのかとも考えていました。

玉野井さん:人類学で扱う「文化」はある意味で人間の行動、考えそのものです。日本ではよく文化(芸術など)と政治をわけますが、政治の成り立ち、そのなかでのたとえば議員の行動、もまた文化です。ただ私は、やはりひとりひとりの個人、その人に特有の価値観も大事にしたいと思っています。

時間になりました。また、来年度の別の機会に玉野井さんに再度GSのゲストをお願いします。

次回のGlobalSession

期日:2021年10月23日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階 会議室
ゲスト:フェルナー真理子さん
コーディネーター:募集中
タイトル:異文化の中で育つということはどんなことか?(ゲームで体験してみよう)

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