2026年9月27日(日)第402回グローバル・セッション・レポート「クレタ・ギリシャの服飾」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室&オンライン
ゲストスピーカー:濱田雅子さん(元武庫川女子大学教授、アメリカ服飾社会史研究会 会長)
コーディネーター:亀田博さん
参加者:8名(うちオンライン1名)
主催:オフィス・コン・ジュント&亀岡国際交流協会
共催:アメリカ服飾社会史研究会

 今回のタイトル:「クレタ・ギリシャの服飾」

セッション終了後のレポート

2026年8月30日(土)第401回グローバル・セッション・レポート「元国際交流員の経験を活かした現在の活動」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:サム・ジード(Samuel Zeid)さん(カナダ出身)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住)
参加者:11名

 今回のタイトル:「元国際交流員の経験を活かした現在の活動」

自己紹介

亀田さん:では、今から始めます。まず、最初に自己紹介から始めますので、よろしくお願いします。

E・Oさん:今は枚方に住んでいます。以前は亀岡にいました。仕事はJTの子会社で仕事をしています。

Y・Hさん:亀岡生まれの亀岡育ちの亀人ですが、総合商社に勤めていて、4年前に、50年ぶりに亀岡に帰り、住んでいます。Global Sessionは、いろいろな話しが聞けて楽しいので、続けて参加しています。

S・Bさん:大阪から来ました。

A・Nさん:2年前に大本での仕事をやめて、亀岡で、英語ではない国際語であるエスペラント語に関わっています。ひまわり教室でも教えています。

H・Mさん:亀岡生まれで、ひまわり教室にも関わっています。

M・Fさん:このGlobal Sessionは、古くから参加しています。(1999年の開始時期から来られています。:児嶋)映像の仕事をしています。映画作りを子どもさんにも教えています。今は、すばやく動けないので、ゆっくり動いています。亀岡の景色の良い所など、みなさんに知ってほしいなと思っています。

H・Bさん:カナダから帰って、亀岡に住んでいましたが、今は近くの大阪府に住んでいます。S・Bさんには、通訳も必要かもしれません。

K・Bさん:日本語はあまり話せないですが、がんばってみます。(中学生)

児嶋:このGlobal Sessionは、亀岡国際交流協会で1999ねんから始めました。2011年に私が退職後は、Office Com Junto(オフィス・コン・ジュント)として継続し、前回で400回目になりました。今回は401回目ということになります。セッションを大切と考えてきたので、小人数で、みなさんのお話しも聞きながらゲストのお話しも聞いていきたいと思います。

グローバルセッション開始

亀田さん:大津市に住んでいます。サムさんは、亀岡市に来る前にも、何か他の経験はありましたか?

サムさん:では、自己紹介をしながら、答えていきたいと思います。

このGlobal Sessionの良いところは、ゲストの話を聞くだけでなく、参加者が質問したりするところだと思います。わからないところがあったら、質問してくださいね。

これは、亀岡祭の時の写真です。

写真を始めに出した理由も含めて、今日のGSの流れです。

  • 自己紹介+カナダの社会について
  • 僕の目的
  • 交際交流員の活動
  • 現在の活動(森の京都DMO
  • 現在の活動(副業!?!)
  • 多文化共生に対して
  • Q&A

自己紹介:Samuel Zeid(サム)と読んでください。

カナダ・オンタリオ州、トロント出身・30才・

趣味:カフェ巡り・麻雀・料理

言語:英語・日本語・ヘブライ語(文字を読み上げるだけ)

大学の専攻:文化人類学 (最近、モンゴルへ行ってきました)

1.カナダの多文化主義社会ってどんな感じ? 

カナダの国家政策として1971年に(世界で初めて)

 異なる民族や文化の多様性を国の基本として、尊重し、法的に保護する制度

 カナダ多文化主義法の制定(1988年)

  単一の文化に溶け込ませるのではなく、それぞれの文化を保ちながら、共存する「モザイク国家」をめざす。

(カナダで生まれ育った人でも、移民でも、みんな「カナダ人」)

2.僕の目的

①日本のことを深く知って、社会に貢献すること

②日本人と交流して、自分のことを外国人ではなく、「人」として見てもらえるようになること

③外国人と日本人との架け橋になること+外国人に日本社会や文化について指導すること

3.亀岡市国際交流員としての活動

1990年から、亀岡市は、国のJETプログラムとして、国際交流員を受け入れ始めた。亀岡の交流員として、12代目。このプログラムは、最大年を5年と定める。

活動内容

①異文化イベントの紹介
ネイティブの講師を通じて、世界の文化を知る・体感できる
*カナダ・アメリカ・ベトナム・ウズベキスタン・ヨルダン・タイ・メキシコ・ブラジル等

②外国人住民の生活支援
*市民登録手続き・3才児検診の通訳・保険料登録や支払い・在留資格申請の説明・生活のアドバイス等

③翻訳
*姉妹都市との連絡・コロナ関連資料の説明・亀岡国際タイムズ・亀岡市役所部署の配置図・ALT(英語指導助手)の労働契約書等

④通訳
*国際交流イベント・姉妹都市交流・講座の同時通訳等

4.現在の活動(森の京都DMO)

森の京都DMO:これからも豊な自然や里山文化に支えられた地域資源の宝庫「森の京都」が未来に向かって、希望と誇り、生きがいにあふれた元気な地域になることをめざす。

 *地域のPR 地域を案内し、伝統産業などを紹介する
 *海外観光客向けの企画
 *ゆっくり宿泊して、交流する企画等

①旭町での高校生の農家民泊

  • 修学旅行生(国内・国外):宿泊(南丹市・綾部市)・大学生の宿泊(美山町);限界集落での方法
  • 商談・FAMトリップ:海外への旅行(台湾) 等

5.現在の副業について

京都府警察署の「登録通訳人」になりました。

登録通訳人とは、
*日本語に困っている外国人のための通訳者
*日本語および外国語が優れ、面接や推薦等で登録された日本で生活している人
ボランティアではない。(時給あり)

警察署の「登録通訳人」とは、
正しく、すばやく伝える*直訳が必須

  • 警察署・事件現場・裁判・拘留所等で仕事をする
     (足は自分で手配・被疑者を移動させる場合は、通役は同行)
  • 何時呼ばれるか:犯罪が起こると呼ばれるので、勤務時間は決まっていない。

質問:

M・Fさん:どんな通訳ですか?

サムさん:くわしくは言えない。しんどいけれど、おもしろい。日本語と外国語の双方が理解できないとできない。被疑者の言うことをニュアンスなど無しで伝えなければならない。

M・Fさん:日本人が被疑者の場合、黙秘権がありますが、外国人も黙秘の権利はありますか?

サムさん:あります。真実を言う方がためになるとは、知らせる。警察からは、急に呼ばれることがあるが、拘置所には入れない。医療の場合を除いて。今は、3ヶ月に一回くらい、呼ばれることがあります。経験として、拘留されて要る場所に行って、12時間くらい、通役をしたことはあります。

6.日本の多文化共生に対する自分の意見

①異文化交流の良さ

*話すことによって、考え方や生き方が変わる(相手を深く理解できるようになる→拡がる)
*日本に住んだことにより、新しい視線から、自分の文化・社会について考えられるようになる
*自分の文化を紹介して、いっしょに楽しむ喜び 

7.解決すべき問題

①職場で

*言語や知識の壁で、人権や責任などの話題がしにくい
*地域とのつながりが薄い
*円安が続くなか、日本の給料が安く感じる

②理想的な「多文化共生」とは?

*カナダのように多文化主義がいいのか、日本文化への順応が良いのか、または、別の形がいいのか?

8.Q&A

Y・Hさん:日本の多文化共生とは、何がいいのかと私も感じてきました。自分なりに考えていますが、これだという答えはないです。現実には難しくても、考える努力は必要と思います。外国人と接するにしても、自分の国をしることが大切と思います。

「あなたの国は?」と聞かれて答えられる知識は必要と思います。実現は難しいですが。

(サムさんが、S・Bさんに英語で通訳)

H・Mさん:サムさんが努力していることは、よく分かります。聞きたいのは、なぜ日本に来たのかと、また、英国から来て、20年以上日本にいる人は、「日本人には壁がある」と言っていました。このことについては、どう思いますか?

サムさん:日本の文化等がカナダと違うので、行ってみたいと思い、そして大学で文化人類学を専攻していたので、自分の目で確かめしにいきました。日本人の自分に対する壁ですが、もちろん常に白人とみられますし英語で話しかけられることもありますが、日本人と接していくと、その「壁」がなくなっていくとよく経験してきました。

E・Oさん:サムさんは、行動力がありますね。なんでそんなに行動力があるのですか?

サムさん:過去に日本語を学習し、住んで自分の力でもっと理解したいと思いました。

A・Nさん:カナダの多文化共生では、異文化同士の摩擦はないのですか?

サムさん:母国の文化を持ってカナダで生活するという考え方を持っている人がたくさんいます。もちろん母国にあった人種差別や戦争等な複雑な事情をカナダに持っていくこともあります。やっぱり同じ国でも、いろいろな文化があるからこそ自分に親しみのグループ分かれてしまうことが起こりがちです。

A・Nさん:エスペラントも、共に生き、共に生み出す方針です。共に生きて異文化を知ると、新しいものが出てくる可能性もありますね。日本でも1000年もの歴史がありますが、ぶつかって新しい物が生まれくるという可能性もあったのではあったかと思います。

サムさん:しかし、新しいからこそ良いと限りません。そう思っている人もいます。

M・Fさん:カナダの人は、トランプ大統領をどう思って居るのでしょうか?国境を接している湖をLake of Americaと言わせたり。カナダは関税をかけると言っていますが。カナダはむかしからの王制の感覚を引いているのですか?一致団結はできるのでようか?

S・Bさん:カナダとアメリカはこの200年間、もめ事が何度もありました。1812年には、アメリカと戦争をし、1960年には、軍隊を出そうともしましたが、なんとかなってきました。今は、なんとか解決して、アメリカと仲良くするというのを望んでいます。

M・Fさん:大自然が好きなので、私はカナダが好きです。人口は日本の三分の一なのに、冬でも走りまわっていますね。楽しそうです。

どうして日本に来られたのかなと思います。

サムさん:日本人からは普通に見えることが、カナダ人には魅力に感じることがあります。その逆パターンもあります。日本の魅力がたくさんの方々に伝えたらなと思います。

Y・Hさん:それぞれの国には、良さがあります。外国から来るだけで無く、交流ができるといいですね。

サムさん:外国の方がいいと思う人は、自国を否定してしまうことがありがちです。

M・Fさん:日本からも外国に移民で行った歴史があります。当時も困難に立ち向かう魂があり、日本人の智慧をふりしぼって住み着いたと思いますよ。

Y・Hさん:このように交流しようと思うのがポイントで、外国人でも、このひとはどんな人かなとか、成果を待つことも必要と思います。 

亀田さん:では、今月はこれで終わります。ありがとうございました。

児嶋:来月もどうぞ来て楽しんでくださいね。

2026年7月25日(土)第400回グローバル・セッション・レポート「ネパールについて(2年間、海外青年協力隊として過ごした日々を生活や学校の様子を中心に)」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:湖月美和さん(京都市在住・教員)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住)
参加者:21名

 今回のタイトル:「ネパールについて(2年間、海外青年協力隊として過ごした日々を生活や学校の様子を中心に)」

亀田さん:「ナマステ」こんにちは。今日は、このGlobal Sessionは、1999年に開始されて、400回目です。児嶋さんありがとうございます。最初は、亀岡市国際センターで開始され、その後名称の変わった亀岡交流活動センターで、継承され、その後、児嶋さんの主宰するオフィス・コン・ジュントに変化しましたが、その間ずっと継続し、400回目です。M・FさんやM・Sさんなどは最初からの参加者で、私は、数年後から、参加しています。今日は、ひまわり教室に参加しているネパール出身の子どもさんもいて、ネパール出身の保護者も来ておられます。また、ひまわり教室の指導者の先生方もたくさんおられます。

プレゼントです。(花を持ったうさぎのぬいぐるみ・関係した方々からの詞書きなど)

児嶋:ありがとうございます。びっくりしました。皆さんと共にやってきたので私ひとりの事業ではありませんが。どうもありがとうございます。

亀田さん:では、いつものように参加者の簡単な自己紹介から始めましょう。

A・Nさん:英語ではない国際語としてのエスペラントを何とか広めようとしています。 (10月のGlobal Sessionのゲストをお願いしています。)

S・Mさん:京都市の教員をしています。8月にネパールに行く予定があります。 (京都教育大学での研修会で知り合い、その後もGSに参加あり)

Z・Yさん:ひまわり教室の指導者で、亀岡市の外国児童教育指導員もしています。GSは時々参加しています。今日のゲストの湖月さんも知り合いです。

P・Gさん:「ナマステ」ネパールから2年前に来ました。イオンのインド・ネパールレストランで働いています。

Pさん:ネパールから来て8年になります。(日本語堪能)

S・Tさん:私は、中国出身です。ひまわりや日本語教室で指導しています。初めてGlobal Sessionに参加しました。

N・Tさん:ひまわり指導者で、南丹市でも同じような「くらるす」という会を開催しています。湖月さんとは、20年以上の知り合いです。

K・Yさん:ひまわり指導者・日本語教師津の指導者もしています。また、亀岡市の外国につながる子どもの支援コーディネーターをしています。また、ネパールの子達のいる詳徳小学校でのサポートもしています。

R・Sさん:ひまわり教師指導者です。

K・Mさん:ひまわり教室の指導を2025年しています。日本人のための英語教師もしています。

N・Kさん:ひまわり指導者です。ネパールの子どもたちといっしょに学習して、ネパールのことをもっと知りたいと思っています。

M・Fさん:Global Sessionが400回目で、26年目ですね。ここ数ヶ月休んでいましたが。仕事は、小学生のための映画制作講座をやっています。最初は、Global Sessionは、英語でやり始めて、それに参加するころから来ています。

R・Nさん:400回目、おめでとうございます。私の取材で写真も撮りますが、取られたくない方は、言ってくださいね。

E・Oさん:枚方市から来ています。仕事は京都市内です。

Y・Hさん:最初のころから参加していました。福知山市とネパールは交流があるようですね。

T・Eさん:はじめて参加します。(詳徳小の教員)

Y・Hさん:400回目、おめでとうございます。Global Sessionは、いろいろなゲストが話し、亀岡生まれの亀岡育ちですが、総合商社に勤務していたので、50年間亀岡を離れていました。4年前に退職し、もどってきました。脳に栄養を与えようとGlobal Sessionに参加しています。

亀田さん:ナマステ。大津市から来ているひろです。ネパールは一度ツアーを組んで香港経由で行く予定をしていたのですが、前日に中止になり、行けていません。今、ネパールは、新しい首相になったので、社会派のひとで見ています。

 湖月さん、では、ご自身の自己紹介から始めて、お話しをお願いします。

湖月さん:ナマステ!今日は、400回記念ということで、恐縮です。

亀岡市の教員をしていますが、今日はかつて滞在したことがあるネパールについてお話します。たくさんの写真をもってきたので、それらを見ながら聞いてください。ネパールを選んだのは、20歳代にネパール支援に行ったことがあり、十分なことができなかったので、再チャレンジしたかったからです。2008年から2年間、ボランティアとして学校に行き、巡回しながら、算数をはじめ、いろんな教科を教えていました。

ここ半年間のネパールは、激動の時代の到来となりました。ネパール在住の友人に尋ねたところ、「2025年9月から半年間のネパールはドラマを見ているような政情の変化であった。」と言っていました。利権や賄賂やネボキッズと呼ばれる裕福な政治家の子どもの生活と国民生活の差があり、不満もピークに近づいていたようです。和やかでおだやかな国民性ですが、暴動が起こり、それを警察が弾圧し、70名の市民が亡くなるという悲惨な事態が起こりました。その後、女性首相の暫定政権が立ち、半年後、無事選挙を遂行し、現在の36才の元ラッパーと言われる新首相になりました。元カトマンズ市長でもあります。友人は、「まだ、なったばかりの首相なので、見守る時だ」と言っています。

私はネパール公立小学校のバクタブルの山の地域13校を巡回しました。ネパールには教員養成システムが整っておらず、先生方が適切な指導法などを学んでいません。それで私たちは主に算数の指導の仕方を教える仕事をしていました。(教え方を教える)

私塾のようなプライベートスクールがたくさんあり、公立小学校には、貧しい家の子どもたちや、女の子も多く通っていました。プライベートスクールでは英語で教えるので、一定の生活水準の家庭の子どもたちはなるべく英語を使ってほしいという教育熱があり、プライベイトスクールに通わせたいと思われるようです。

公立小学校は、ネパール語で教えます。教室に先生が一歩足を踏み入れると、子どもたちは一斉に立ち、先生方を敬うような雰囲気があります。学校のインフラは悪く、教室内は暗く、黒板と長机のみ、トイレも汚いです。

学校では、テストをパスしないと、留年もします。子どもたちは、文房具がそろわない子もいて、筆箱にえんぴつなどをそろえる必要もありました。歌や踊りはとても好きです。

給食はないので、干した米を持ってきて、みんなで分けて食べているような風景をよく目にしました。

山の中の集落の家から学校へ来るので遅れてもいい、よく安全にたどり着いたなという感じで、遅刻をしても怒られることはありません。山道を歩いて、妹を連れてくるのです。暗いので、青空教室でも学びました。算数では、先生方への研修、模擬授業や研究授業をしたり、子どもたちが計算時、位がずれないように、升目ノートを作成したりもしました。

環境教育隊員と、腐るもの、腐らないもので分別するゴミの捨て方なども教えることがありました。歯の磨き方も看護士さんといっしょに教えました。水道がないので、手を洗って食べるように指導もしていました。栄養士隊員とは、とうもろこしやまめなどのローカルなお菓子のよさ、ローカルな食事の栄養などについての授業もしました。

日々、山を歩いているので、子どもたちの身体能力は高いです。でも、体育や音楽は教科にないのですが、お祭りなど生活文化の中で音楽に触れたりできます。

祝祭は大切にされています。この日は、踊って飴を一個もらったりしていました。制服も自由で、スカートでもズボンでも自由にはいていました。

亀田さん:質問があればどうぞ。

M・Fさん:子どもの学校の年齢はどのようですか?

湖月さん:同じ年齢の子のクラスもありますが、3年~4年の実年齢との差があることもあ

ります。特に女の子は。

プンさん:学校は、4月始まりです。

K・Yさん:九九はどうですか?

湖月さん:九九の歌もあります。数の概念がなく、指の関節で数えたりしているので定着はしていません。

K・Mさん:九九をどうやって学んだか、保護者に聞きたいと思っていました。

S・Mさん:学校に行けない子どものパーセントは?

湖月さん:ネパールではレンガで家を建てるので、農閑期は、レンガ工場の仕事が盛んになります。出稼ぎに来ている親が学校に行かさない場合があります。2016年の入学した子どもの率は、96%ですが、ドロップアウトもあり、初等教育がいきわたっているとは言えないかと思います。

R・Sさん:小学校を卒業する時の年齢は、8年生ですか?

湖月さん:小中学校で8年、9年、10年で高校、11年目と12年目はカレッジで、大学に行きます。

K・Mさん:カレッジは高校から行くのですか?あるいは大学は?

湖月さん:カレッジ卒業後全国テストでパスしなければ、大学に行かれないです。

S・Mさん:大学卒業後は、他の国に行く割合が多いのですか?

湖月さん:他の国に行きたい若者が多いですね。専門を活かした就職が難しいからです。オーストラリアや米国、日本にも行く人が多いです。語学(英語)のできる人が多く、他国で働き、母国に送金する人が多いです。

しかし、ネパールでは、自分で事業を起こして失敗しても、簡単にすぐやってみる経験を積める風習もあります。

日本が2019年から職業別に技能実習生の受け入れをはじめ、受け入れが増加しています。14種類もあり、一気に増加したと思います。

S・Mさん:ネパールで授業をすると、一生懸命聞き、学ぼうとしています。防災についての授業をするのが。私の夢です。

日本では子どもたちは、ゲームに夢中ですが、ネパールでは山や、自然を画くのが好きですね。

湖月さん:2015年にマグニチュード7、8の地震がありました。その地震の4ヶ月後、ネパールに行ったら、たくさん建物が崩壊していました。80年に1回の地震だそうです。

S・Mさん:日本への情報はどうですか?

湖月さん:今は、SNSで情報が多くなりました。約35年前には、街頭テレビを見ていたのに、今は一人一台スマートフォンです。コロナ以後の2年前などは、どこでもウーバーで呼べて、どこでもバイクや車で連れて行ってくれます。時代を飛び越えるような加速ぶりで発展している面もあります。

S・Mさん:カトマンズは、消費社会が到来していて、ショッピングセンターなどもできていますね。

湖月さん:本当のネパールが知りたい人は、都市ではなく、「村へ行け」と言われます。

S・Mさん:ホームステイも村にはあるようですね。

湖月さん:ネパールには、8000メートル級の山があり、山には神がいると言われています。村の女性は、井戸で水を汲み、毎日運びます。背中において。クルタスワールという衣服を着て。農業が終わる秋からは、レンガ工場で、干しレンガや、焼きレンガを作っています。

食べ物は、ダルバートという定食のようなごはんとおかずです。じゃがいもや野菜が主菜で、漬物などです。ヤギ肉やチキンを食べます。祭りの時には多くの肉を食べます。ベジタリアンも多く、いろいろ揚げ物などにして食べています。キッチンもシンプルで、火を焚いて料理を作っています。

移動はバスで、山の上にも行きますが、1時間で1本くらいです。

修理をする風習があり、くつやかさや、時計などの修繕する人もいます。日本は消費社会なのでちがいも感じますね。動物も大切にする文化があり、犬なども街中でのんきに寝ています。

カースト制度も生活の中で残っているのが見られます。低いカーストの人たちに言葉を交わさないです。私は外国人なので、わざと親しく話しかけたりして差別をしないことを見せたりしていました。

おじいさんたちは、井戸端会議をしていて、おばあさんは、畑で働いています。

寺院もあり、カトマンズには、チベット系の寺院があります。祝日には、紅いサリーを着たり、各民族で、衣装にちがいもあります。

私がいたころは、冷蔵庫が家にないので、毎日ひとつずつ野菜を買っていました。毎日必要な分だけ買いものをするので、エコでした。人々は、なんでもよく頭上に乗せて運んでいます。

道路は、東西に一本、幹線道路が通っています。かつてはセンターラインも十分ではなく、互いに避けながらクラクションを鳴らして走っていましたが、日本や中国の支援を受けて大きな道路に拡げられ、交通ルールを守って運転しています。日本の会社が現地の人々を雇って仕事をされているのですが、道路ができたとき、日本の支援でできたことをとても感謝されました。日本人は我々の税金ODAがこのように活用され、感謝されていることを知り、誇りに思えるといいのにと思いました。

支援についてですが、多くの場合支援金を送ると、末端には行きわたらず、リーダーの懐に入ってしまいます。なので、私は自分の友達の間で小さな支援をし、どのように使われているのか報告を受け、見届けられるようにしています。学校をやめてしまう女の子達のための奨学金とNepal Japan Children Library(子どものための唯一の図書館)の支援をしています。子どもたちが本を楽しんで読むという習慣がないので、本を楽しんで読む習慣を築こうとされ、児童館のように子どもたちが楽しめるアクティビティが毎週行われています。お正月、ひなまつりなどの日本の行事もお祝いされています。

ネパール人の良さ:おこっている人をみたことがない。旅人は神様のように扱いなさいということわざもあるくらい、人を大切にしてくれます。

亀田さん:質問のある方はどうぞ。

Y・Hさん:ネパールを選んだ訳はなんでしたか?また、エベレストは、ネパールではどのように見られていますか?

湖月さん:20代の時に、40日間、ネパールに行ったことがありました。妊婦さんの栄養事情がよくないせいで、盲目の子どもたちが多く、そのセクションにヘルバーとして派遣されました。その際、目が悪くても彼らは自律していて、自分は何もできないと挫折感を感じて帰国したので、いつかリベンジしたいと思っていました。そして、その後、15年後に再びネパールに行きました。

Y・Hさん:いいですね。

湖月さん:協力隊の応募がありネパールを第1希望にしたら、通ってしまったのです。

M・Fさん:山の案内をするシェルパの専門学校などはあるのですか?

湖月さん:シェルパは山の民で、エベレストへ行くときは必ず、つきますね。シェルパの学校はないですが、山のエリアに多くのシェルパが住んでいます。

亀田さん:スイスなどに、シェルパとして、出稼ぎに行くこともありますね。シェルパは命がけですが、親子でやり、ベテランになって行くようです。

湖月さん:エベレストは8000メートル級ですので、登山家が挑戦されますが、我々登山家でないものでは、5000メートルの山を日数をかけてトレッキングする人が多いです。高山病にかかりながら。

M・Fさん:山を散策するときにも来ますか?

亀田さん:荷物運びと食事の用意をすると思います。

K・Yさん:このごろは、荷物はドローンで運んでしまうのですか?

亀田さん:荷物は、ロバで運ぶと思います。

湖月さん:有名なところは、途中までジープで行ける場所があり、そこから歩くと思います。

プンさん:歩けない道もあります。そういう時は、山の近くで。

グルグさん:チトワン地方

湖月さん:サファリ公園で、野生の動物を見られます。私も象にのって歩いたりしました。

M・Fさん:においはどうですか?

湖月さん:少しは、でも大丈夫。

E・Oさん:ふだんは、工場で働いて居る人たちは、てぶくろは付けていますか?

湖月さん:見たこと無いです。衛生は日本の状況からみたら、よくないですね。いっしょに行った協力隊は、10人いましたが、大半がおなかをこわしました。薬は準備していたのですが、入院した人もいました。水から病気になります。水は普段から煮沸し、フィルターに通して飲んでいました。

M・Fさん:ブータンは行ったことがありますか?

湖月さん:ありません。近いのでネパール人も多く暮らしているようです。

E・Oさん:腹痛を起こした時は、病院に行ったと思いますが、治療費や薬代は、大丈夫でしたか?

湖月さん:私たちは、保険がありました。病院に行くと、注射代を払い、打ってもらいます。必要な道具は全て自分で購入し、それをもって病院に行って治療してもらいます。ボランティアで公立病院の看護士の指導に当たっていた人もいました。衛生状態の指導をよくしているそうです。外国人が行く病院は、別にあります。外国に行く前には、多くの予防注射はしていきました。

児嶋:外国に行くと水の飲み方が大切で、ブラジルにいたときにも、水道の水は絶対に飲まずに一週間に一度、大きなタンクに飲料水を入れて運んで来て、それを毎日飲むのです。

湖月さん:水は必ず、沸騰したのを飲んでいました。果物なども外では食べずに、家で使う水で洗ってから食べました。

K・Mさん:先ほどの子どもの本の図書館の本は、選定を現地の人がするのですか?

湖月さん:私たちは、「あなたたちが買いたい本を買ってね」とネパールの方々が必要だと思う本を選んで買えるように支援しています。ほしい物が手に入るという喜びを得られるようです。

R・Sさん:日本語の本も?

湖月さん:設立時に日本からの絵本はネパール語に翻訳されたものがあり、それは今でも使われています。日本から寄付で持参される本もあるようです。それは翻訳しなくてはなりません。

児嶋:本を読むことと、話すことは、別で、ひまわり教室の子どもたちの家を訪問したときに、本が一冊もない家がありました。読み聞かせは大切だなと。

S・Mさん:ネパール語で画かれた本のよみ聞かせはあまりないのですか?

湖月さん:子どものための本はあります。

亀田さん:今はAIも使えますね。

M・Fさん:ネパールの軍隊はどうですか?

湖月さん:暫定政権の時に活躍したそうですが、人々は、「軍隊は自分達を守ってくれる」と思っているようでした。

K・Yさん:グルグさんは、インドで運転の仕事をしておられて、来られたようですね。

グルグさん:16年間軍隊で働いて、日本のインド料理の仕事で来ました。

M・Fさん:徴兵制ではないのですね?希望して軍隊に行くとか。

湖月さん:優れた兵士というか勇敢だとされる民族があり、その方たちも行くような。

M・Fさん:ヒンズー教徒とが、80%とか?

湖月さん:家族がヒンズー教徒でも、軍隊とは関係がないと思います。年長者にはリスペクトがあり、丁寧なあいさつをしたり、話したりしてくれます。

亀田さん:では時間も越えましたので、聞きたいことは児嶋さんに聞いてもらったら、湖月さんに聞いてもらえますよ。

2026年7月11日(土)第399回グローバル・セッション・レポート「私のムスリムとしての生活(在住30年以上)」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:Eni Lestari(エニ・レスタリ)さん インドネシア出身・インドネシア語専任講師(天理大学)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住)
参加者:大人9名

 今回のタイトル:「私のムスリムとしての生活(在住30年以上)」

概要:インドネシアでムスリムの家に生まれました。インドネシアでは、小学校から大学まで、宗教学習は、必修科目です。イスラムの家庭での食事についても、いろいろなちがいがありことが、日本に来てからわかりました。また、ヒジャブについても話します。また、現在のインドネシアと私が生まれたころとは、変化もあります。

My Daily Life as a Muslim

 I was born into a Muslim family, so I automatically became a Muslim. This is common in my country. In Indonesia, every citizen is required to practice their religion according to their beliefs. There are six permitted religions: Islam, Christianity, Catholicism, Hinduism, Buddhism, Confucianism, and other belief systems.

 In schools from elementary school to university, religious studies are a compulsory subject. Every student must attend religious studies according to their religion.

In my family there is also a Koran teacher who comes to the house once a week to teach me and my brothers and sisters.

 Beside the six fait and five pillars of Islam, we were taught about the obligations that a Muslim must carry out, called Habluminallah and Habluminanas, in addition to learning to read the Koran.

 Habluminallah is a Muslim’s obligation to Allah, namely, carrying out religious activities that directly connect with God. For example, those contained in the Articles of Faith and the Pillars of Islam.

 Habluminanas refers to Muslim activities toward fellow human beings. For example, helping others in need, assisting in community social activities, and showing respect for others are fundamentally responsible social activities.

Apart from that, in Islam it is also known as Fardhu Ain and Fardhu Kifayah. Fardhu ain is everyone’s obligation to Allah.Therefore, as Muslims, our daily lives are governed by the provisions mentioned above.

 Next, I will describe my daily life here. This includes the obligation to pray five times a day, fasting on Ramadhan and how I comply with sharia (Islamic law) regulations regarding food.

 We can download the five daily prayer times from the Islamic app. The prayer location can be adjusted to suit the situation. If there’s no suitable place to pray, I’ll pray after returning home.

 In the Islamic law, there are provisions called halal and haram. Halal means permitted or allowed, while haram means prohibited. Halal and haram are not only about food but also about actions. However, halal and haram are more often associated with food.

This led to the emergence of halal certification for meat and processed food products. This was intended to provide Muslims with peace of mind when consuming processed food products.

 However, for food cooked in supermarkets such as fried shrimp, fried fish that do not have Halal certification, even though the shrimp and fish are halal for consumption, in this case it is doubtful, because there is a possibility of contamination with pork, if the oil used for frying is also used at the same time to fry pork.

 Regarding meat, I consume chicken and beef even without a Halal label. Why? Because previously, in Indonesia, there was no Halal certification for meat or processed meat products. So, when I was in Japan, I assumed it was the same as in Indonesia. But now, in Indonesia, all processed food products, even restaurants, require Halal certification.

 Besides food, another issue that receives serious attention is the hijab, the attire of Muslim women. I don’t wear a hijab because, since I first became a Muslim, it hasn’t been mandatory. Furthermore, from school and work in Indonesia, there were regulations prohibiting the hijab in public schools and for civil servants.

 But things have changed now, with almost all Muslim women in Indonesia wearing the hijab. Likewise, many Muslim women in Japan also wear the hijab.

 I will explain in detail about my daily life in Japan by power point slide.

Thank you.

日本語訳(児嶋きよみ)

 私は、ムスリムの家族に産まれ、それで、自動的にムスリム(イスラム教徒)となりました。これは、私の国では普通のことです。インドネシアでは、それぞれの信じている宗教を実践する(実行する)ことが求められています。6つの宗教が宗教として、公認されています。イスラム教、キリスト教、カトリック教、ヒンズー教、仏教、儒教その他の宗教です。

 小学校から大学までの学校では、宗教的学びは必修科目です。すべての学生は。それぞれの宗教についての宗教学習に参加する必要があります。

私の家庭では、一週間に一度家に来て、私や他の兄妹に教えるコーランの先生もいます。我々は、六信・五行とほかに、ムスリムとしてやらなければならない義務について教えられました。それは、HabluminallahとHabluminanasと呼ばれ、それに付け加えて、コーランの読み方も付け加えられていました。

Habluminallahとは、ムスリムのアラーへの義務で、神に直接つながる宗教的活動です。例えば、その中には、イスラムの信条や法の項目が含まれています。

Habluminanasは、人間のムスリムとしての活動に言及しています。例えば、必要な人を助けることや、コミュニティの社会活動を支援したり、他を尊敬することなどを見せることは、基本的に社会活動に責任があることであると言われています。

ここから、離れますが、イスラムでは、Fardhu Ain やFardhu Kifayah として知られています。Fardhu Ainは、アラーの神への全ての人の義務です。そのため、ムスリムとして我々の日々のくらしは、上記の規定に沿って管理されています。

 次に、ここでの私の日々について書いてみます。一日に5回お祈りをする義務があります。それは、コーランにもとづき、食べ物に関する規制をどのように守るかが課題です。

 我々は、イスラム法にもとづき、5回の祈りの時間を作ります。祈りをする場所は、状況に基づき、調整されます。祈りのための場所がなければ、家に帰ってから祈ります。

 イスラム法の下では、halalとharamと呼ばれる規定があります。Halalは、許容されるという意味です。Haramは、禁止を意味していますが。

 Halalやharamは、食べ物だけでなく、行動についても言及しています。しかしながら、halalとharamは、食べ物についての言及が多いです。これは、肉や加工食品のためのhalal規定の変更を呼びます。これは、ムスリムが加工食品の作成過程のこころの倖せを提供することを望まれます。

 しかしながら、スーパ-のフライされたえびや魚はハラル証明がありません。たとえ、証明があったとしても、疑問があります。なぜなら、汚染された豚肉といっしょになっていた可能性もあるからです。もし、フライに使用された油が、豚のフライにも使用されているような可能性があるからです。

 肉に関しては、ハラルラベルなしでも、私は、チキンや牛肉は食べます。なぜ?

 なぜなら、以前はインドネシアでも、肉も加工食品にもハラル証明はなかったのです。それで、私は、日本に居たときには、インドネシアも同じだろうと思っていました。しかし、現在では、インドネシアでは、加工された食品の生産過程で、たとえ、レストランでもハラル証明が要求されています。食べ物の他にも、注意が求められるのは、ムスリム女性に対してのヒジャブです。

 私は、ヒジャブを被りません。なぜなら、はじめて私がムスリムになって以来、強制ではなかったのです。その上、インドネシアの学校や公的機関では、ヒジャブを禁止する法律がありました。しかし、現在は、変化しています。インドネシアのムスリム女性は、ほぼすべてがヒジャブをまとっています。同じように、日本にいる多くのムスリム女性もヒジャブをまとっています。これから、パワーポイントで、日本での私の毎日の暮しを説明します。 

亀田さん:今日は、エニさんのお話しですが、昔のインドネシアと現在では、ムスリムに対して変化があると聞いています。その詳しい話を行き来したいと思います。では、最初に、自己紹介からお願いします。

Y・Hさん: 生まれも育ちも亀岡ですが、50年間ほど出ていて、4年前に亀岡に戻って来ました。このGlobal Sessionは、いろいろな話しが聞けて脳がさびないなと思い、参加しています。

A・Nさん:広島の山の中で生まれました。大学は、市内ですが、40年前、亀岡へ来て、40年間大本教で働きました。2年前に仕事をやめ、今はエスペラントに関わっています。

H・Mさん:元小学校の教員でした。ひまわり教室に来て手伝い二来て続けています。ひまわり教室の学習はおもしろいです。Global Sessionは、初めてです。

S・Tさん:今は、亀岡にいますが、元は、中国の上海うまれです。ひまわり教室に来て、日本語教室でも教えています。

M・Tさん:ロサンジェルスの大学で文化人類学を教えていました。引退後、10年ほどになりますが、Global Sessionにゲストとして話をしたこともあります。(児嶋きよみが、立命館大学の大学院の先端総合学術研究科に在学中の指導教授でした。その後もお世話になっています。)

M・Mさん:「やさしい日本語を広める会」を主宰しています。日本社会に向けてわかりやすく日本語を指導する方法を考えています。

児嶋: 1999年に亀岡市交流活動センターで仕事をしている時に、Global Sessionを始めました。教は、399回目になります。だいたい、1ヶ月に一度、Global Sessionを開催してきました。次回は、7月25日(土)になりますが、400回目です。

亀田さん:インドネシア語で、スラマトマギは、おはようございますです。アパカパは、お元気ですか?です。「まあまあ」は、インドネシア語で、「サマサマ」ですよ。マレーシア語とも似ていて、母音がくっきりしています。わたしは、大津市から来ています。今年は、亀岡花火大会が無いと聞いていますが、大津は8月6日です。

M・Tさん:亀岡祭は、10月に今年もありますね。

A・Nさん: 秋には鍬山神社へ向かう山鉾巡行がありますね。五月は、光秀祭で。

亀田さん:京都はこれから、祇園祭ですね。宵宵山から、宵山と続きますね。

M・Tさん:京都に住んでいるという自覚がありますね。祭には。

亀田さん: 海外への旅行は、円安であまり行かなくなっていますね。パスポートも取る料金は安くなったのですが、日本人は今は、あまり興味がないようですが。これから、行く人は、切り替えに時間がかかるかもしれません。

では、エニさん、自己紹介から始めて、お話しをお願いします。

エニさん:インドネシアのジョウジジャカルタで生まれました。1993年にJICA(ジャイカ)の文化財の研究として、3年間いました。1995年には、考古学研究に帰国し、オランダ時代の教会の修復を研究するために長崎に来ました。その後、1996年に日本人男性と結婚し、その後2003年から、さまざまな大学でインドネシア語を教えてきました。2025年にようやく、天理大学でインドネシア語の特任講師になりました。

 インドネシアでは、豚肉は見たことがありませんでした。日本でも、肉は、どれも牛肉と思っていました。漢字で「豚」という字を初めて日本で見て覚えたほどです。

 日本人の人に「イスラム教はいいですね。奥さんが4人まで持てて。豚肉はだめのようですが。」などと言われたことがあります。これから、イスラム教について簡単にお話しをしていきます。 

私「ムスリムとして」の日常生活について

Habluminallah と Habluminannas

イスラム教における人間関係と責任の基本となる2つの重要な概念です。 

イスラム教徒の精神的な信仰と、社会的(水平)なモラルが調和して初めて、完全な信仰生活が成り立ちます。

これらの2つの原則は、私たちの社会でどのように生き、行動すべきかを定めています。

Habluminallah の意味は、神(アッラー)との関係

実践例:*礼拝  *断食  *神への感謝と祈り

目的:創造主に対する義務を果たし、霊的な絆を深め、自身の精神性を高めること。

Habluminannasの意味は他者(人々)との関係

実践例:*困っている人への施しや寄付(ザカット)

    *人を傷つけないこと(中傷やゴシップを避ける)

    *赦し合い、良好な社会を築くこと

目的:社会的な義務を果たし、他者への思いやりと公正な態度を持つこと。

どちらか片方だけを重視するではなく、両方のバランスを保つことが大切です。人とのつながりを(habluminannas)大切にすることもhabluminallah の一部でもある。

イスラーム教の紹介

イスラーム教はサウジアラビアで生まれた

★ イスラムはアラビア語で平和と言う意味です

★ 神:アッラー

★ 預言者:ムハンマド

★ 啓典:コーラン

★ 信者:ムスリム・ムスリマーと言う

★ ムスリムとは:アラビア語でイスラム教を信じる人々と呼ばれる

★ 礼拝堂:マスジド・モスク

京都市内のモスク又は礼拝所:

京都イスラーム文化センター・Kyoto Central Masjid・国際交流会館

京都大学・京都外国語大学・京都タワー礼拝室・ハラルレストラン

イスラーム教の生活の基礎

1.六信

2.五行

3.シャリア― 「イスラーム法」

4.ハディース

六信とは

宗教の主要な基礎である

1.アッラを信じる   →     五行の1番 :信仰告白

2.天使:例:各人の人生の記録を書く天使

3.聖典(セイテン):キリストの聖典(バイブル)・コーラン

4.預言者→モハマッド・イサ・ノアなど

5.最終の日または昇天(ショウテン)の日

6.運命

すべてを信じること

五行とは

イスラーム教における五つの基本的な行為である

1.Shahadat→信仰告白

2.Sholat→礼拝礼拝は一日5回行います

3.Zakat→喜拾

4.Puasa→断食

5.Haji→巡礼

シャリアー(イスラム法)

ワジブ(義務):やらなければいけないこと 

例:礼拝1日5回 五行の1行目から4行目まで。

五行目は能力持っている人には義務である。

スンナー:やった方が良いがやらなくてもかまわない

マクルー:しない方が良い

ムバー:やってもやらなくても良い

ハラーム:やってはいけません (禁じられている)

ハラール:許可されると言う意味 → 食に関する事が多い。

全てのムスリムの行為はシャリアーに行動をする

ハラール食について

ムスリムの食文化はシャリアに沿って定める

QS. Al Baqarah 168-169: ハラール収入からハラールの食べ物を取ること。

QS. Al Maidah 3: 動物の死体・血・豚肉・アッラー以外に対して屠殺された動物はハラームである。お酒も禁じられている。

私の日常生活について

*朝起きてからまず朝の礼拝を行う。

*昼頃に昼の礼拝があります。

インドネシアやマレーシアなどの学校や事務所・会社には礼拝所があります。

*夕方のお祈りもあります。だいたい午後4時ごろ。

このように、家のそとで2回お祈り行います。

お祈りを行うための準備:

1.水で手足顔を洗う。

2.お祈り場所

3.お祈りマットと衣装 →個人の持ち物

★男性の場合、金曜日に昼のお祈りは集団でモスクで行う

礼拝の時間表または方向はアプリでみます「Islam App」

ハラル認証されている食料品:業務スーパー・オンラインハラルショップ

で売っています。

一般的な食料品

成分表を確認すること。豚肉や豚肉の由来の成分、とアルコールが含まれるか。

外食について

京都のハラールレストランの情報:

https://www.halagourme.jp https://www.tripadvisor.jp https://www.byfood.com

観光客向けの値段で高い。

個人的に普通のレストランにいきます

好きな食べ物:寿司・魚料理・和食・オームライス 

悩んでいること:タブレットで注文!特に洋食のレストラン。

断食 「ラマダン」

毎年1回1か月間行う。 時期は毎年ラマダン月に。

朝5時頃から18時まで、何も飲まない、食べないこと。

マグリブに一日の断食が終わる、イフタールという。

ラマダン断食明け祭「イード・アル・フィトル」

京都のインドネシアムスリマーコミュニティに、アンニサシャリハーがあります。

*最近インターネットによく投稿されているムスリム団体の良くない行動見かけています。

*日本にムスリムの人口が増え、様々な問題も起こって、非常に心配です。同じムスリムとして、悲しくて申し訳ないです。

例:一般道で勝手にお祈りする、迷惑行為になりました。

   ムスリムの観光客が清水寺の前でお祈りする。

   デパートの授乳室で相談なしにお祈りに使用される など。

最後に

 初めて日本に来た時と比べたら、現在は、日本にいるムスリムも増え、お祈り場やハラル食料品も手に入りやすくなりました。

 そして、日本社会でもイスラム教の知識が上達し、観光業務はじめ、医療現場、教育現場などムスリム向けの様々なサービスが充実しました。

 これらのおかげで、ムスリムにとって日本は住みやすい国と考えられます。

しかし、少し残念なこともあります、特に最近のムスリムはHabluminallah

ばっかりやりたがっている、Habluminanas を忘れていると思います。

亀田さん:質問はありますか?

A・Nさん:イスラム教も宗派がいろいろあるようですが。

エニさん:大きく分ければ、スンニー派、シーア派、アラウイー派などがありますが、それぞれがきびしさにちがいがあります。わたしは、ノー宗派ですが。

Y・Hさん:イスラムの教義は、どこで学んだのですか?

エニさん:12世紀にマレー半島にペルシャから入ってきたと聞いています。

 インドネシアには、13世紀にスマトラに入り、ジャワ島にも入ってきたようです。貿易を通して長く続いてきたのです。インドネシアは、ヒンズー教も、仏教も入っていました。

Y・Hさん:子ども達は、イスラム教をどう思っているのでしょうか?

エニさん:私の考えでは、家庭次第と思いますが、学校では、宗教が義務で、宗教という科目があります。学校では、家庭の状況を書く用紙に、宗教の名前を書く欄があります。国立大学ではイスラム教だけで、わたしは、仏教についても知りたかったのですが、取れる単位がありませんでした。

M・Mさん:どの宗教も学校は受け入れているのですか?

エニさん:私立大学には、キリスト教の大学もあります。イスラム教だけの学校もあります。それぞれに寮もあり、私はあこがれでしたが、家から通っていて入れませんでした。

H・Mさん:日本の学校に来ている子もいますが、祈りの時間などは取れるのでしょうか? 

エニさん:ひとの通らないところや、トイレに近くない所に用意されて居る場合もあります。京都教育大学では、イスラム保護者をどうとり扱うかなどが協議されていると聞いたことがありますが。修学院中学などは、多いので、図書館の奥に祈る場所が設置されたとも聞いたことがあります。伏見などには、ムスリムの方がたくさん住んでおられるので、お祈りの場所を作ったとも聞いています。

H・Mさん:どうして豚だけが特別なのでしょうか? 

エニさん:コーランに書いてあるのですが、豚の肉など、人間と似て居るしくみがあり、そのために殺してはいけないと云われていると聞いています。牛は、人間とちがいが大きいそうです。

M・Tさん:最近は、豚の心臓を、取り出し、人間に移植することができたとか。

エニさん:豚はよくないとむかしから云われてきていますが、現代は変わってきつつあるようです。

児嶋:亀岡にも、外国につながる子どもさんがたくさん入ってきています。昨年から全ての小学校と中学校に支援員の方が、調査に入り70名以上がいることがわかりました。幼稚園や保育園や高校はその数字に、入っていませんが。

エニさん:最近は、学校も変わってきましたね。1クラスに8人も外国につながる子どもが居る場合もあるようです。最近は、保護者に聞くと、

  • 給食は豚肉が入っていてもOKという保護者
  • 豚肉の入っている給食は、だめという保護者 お弁当を持っていってもいいか?

 学校の対応の仕方についての講座(京都ハラスネットワーク)も開催あり

M・Mさん:やさしい日本語で映したコーランなどもあり、他のこどもたちの学習も必要ですね。

エニさん:学校で、「子どもさんは、給食を食べますか?」と聞かれ、「この状況では、食べないことを許可できない」と言われた時代もありました。給食の中にも教育があると。給食当番もしないとか、社会とのつながりができないとか、日本では、宗教は人権という考えが少なく、親がしつけするという感覚ですね。子どもでもおみやげを買う時に、中身は何かと考える子もいるのですが。

児嶋:現代では、日本の受け入れ側の保護者の学習会も必要と思います。いろいろな宗教を持つ子もいて、自分の判断だけでは、できない宗教を持つひとたちも存在するという自覚を持つまで。

エニさん:日本にいるイスラム教のひとたちもルールを守らないこともあるので、アニサ・サリハという団体(日本在住の留学生や仕事をしているムスリムをメンバーにしている団体)は、相談コーナーを持っています。

 また、イスラム教徒をゲストにした学習会の開催や、健康診断について保健所で支援したり、日本のその地方のゴミ出しの方法などの学習会などをしています。

E・Oさん:ハラル食を買える場所はたくさんあるのですか?

エニさん:業務スーパーには、ハラル印のある食品も売っています。モスクにもハラルの無人コーナーなどもあります。 

2026年4月25日(土)第398回グローバル・セッション・レポート「となりのムスリム・ムスリマ」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:友前尚子(くらるす、関西セミナーハウス開発教育研究会)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住)
参加者:大人20名 子ども2名

 今回のタイトル:「となりのムスリム・ムスリマ-ー日本在住のムスリム・ムスリマについて知るー」

【概要】
日本に住んでいるムスリムは2020年末で約23万人となり、コロナ禍後にはさらに増加しています。それに伴い、南丹地域でもヒジャブ(頭を覆う布)を着けて通勤や買い物をする人たちを日常的に見かけるようになりました。このような状況の中で私たちが隣人として共に生活するために、ムスリムの日常の暮らしを理解する姿勢が重要です。

ゲストの友前尚子(私)は、(公財)関西セミナーハウス活動センター開発教育研究会の運営委員として、2022年に「となりのムスリム・ムスリマ」という教材を作成・出版しました。この教材では、ムスリムの生活の道具や出来事、その背景から題材を得て理解のスタートラインに立ち、その多様性を知るだけでなく、「一緒に暮らしていくのだ」という思いを持つことを前提としています。ムスリムの日常のくらしを知り、わたしたちが共に暮らす社会づくりについて考えましょう。

※店田廣文「世界と日本のムスリム人口 2019/2020年」

共に暮らすために

ムスリム、ムスリマ、イスラームとは

私とムスリムとの出会い

日本で暮らすムスリム

イスラームの子どもたち 

自己紹介

亀田さん:では、参加者の自己紹介からお願いします。

R・Eさん:自分の組織の「たんぽぽ」で、えほんなどの作成をしています。

Y・Eさん:たんぽぽのマネージャ-や、元舞台運営などをしていました。今は

YouTuberをしています。

S・Fさん:インドネシアやバングラデシュと関わりがあり、イスラムの話に興味があり、参加しました。

サム・ジードさん:元亀岡市の国際交流員でした。今は別の仕事で亀岡にいます。

M・Sさん:ひまわり教室の指導者です。ネパールから来た子どもたちの指導に関わっています。

K・Yさん:ひまわり教室の指導者で、最初の2014年頃から関わっています。2025年度には、市の外国につながる子どもたちの支援コーディネーターをしています。

K・Wさん:いちおう亀岡市職員で、京都府に出向中です。秘書課国際係にいました。

F・Kaさん:3年前に京都市に移転しましたが、それまでは、滋賀県で35年間養護学校に勤務していました。

N・Fさん:ひまわり教室の指導者で、市の職員を3月までしていました。

A・Kさん:仕事は医療関係ですが、このGlobal Sessionに研修会に参加してから、来ています。

F ・Kさん:以前亀岡市交流会館で児嶋さんといっしょに仕事をしていました。今は、児嶋さんのホームページ管理などでGlobal Sessionに関わっています。

E・Oさん:今は、JTの子会社で仕事をしています。1ヶ月前に結婚して枚方市から来ています。掃除をするようになりました。

M・Fさん(友前さんの夫さん):初めてこのGlobal Sessionに参加します。

K・Mさん:ひまわり教室にこの3月から関わっています。電車の中で偶然児嶋先生に出会って始めました。昔の教え子です。大学院で日本語教育と出会いました。専門はちがうのですが。

S・Tさん:中国の上海出身です。これからひまわり教室の指導に関わりたいと思います。中国出身の子もいますね。日本に来て長くなりました。

ホサインさん:日本に来て12年になります。バングラデシュ出身です。

ヤスミンさん:バングラデシュ出身です。子どもは、ヌサイバが5才で、アリバは2才です。

児嶋:このGlobal Sessionは、私が亀岡市交流活動センターにいた1999年から開始

しました。退職してからは、オフィス・コン・ジュントとして主催しています。

今回は、398回目になります。大体、月に1回やり、レポートも出して来ました。

亀田さん:コーディネーターをしている亀田です。今回は参加者が多いですね。大津市から来ています。12:00に終わりたいので、時間があまりないので、友前さんの簡単な自己紹介から始めて、内容に入っていただけますか?

グローバルセッション スタート

友前さん:友前という名字は、多分、自分の親戚しかいない名字だと思います。今回は「となりのムスリム・ムスリマ」というタイトルですが、私が経験したことをお伝えし、みなさんに考えていただく機会にしてもらいたいと思います。

私は、南丹市で、「くらるす」という団体で「にほんごひろば」と「にほんごひろばkids」という活動をしています。南丹市在住の外国につながる子どもの日本語サポートや在住の外国出身の大人が交流し合う会です。また、今は福祉の仕事で発達障害のある子どものサポートをしていますが、3月までは亀岡小学校に勤めていて、福祉と教育の仕事とを行ったり来たりしています。また、関西セミナーハウス活動開発教育研究会に25年程所属して、教材開発などをしてきました。開発教育というのは、1960,70年代にグローバリゼーションによって世界の格差が広がってきた時に、世界の南北の格差や平和、人権などの世界的課題について、参加型で学び、公正な社会づくりをめざすという教育活動です。関西セミナーハウスでは、年に6回、一泊二日のセミナーなども開催しています。その研究会ではこれまでに6冊の教材集を出版してきました。今回の「となりのムスリム・ムスリマ」は、その教材集の6冊目「身近なことから、世界と私を考える授業Ⅲ」に掲載している内容です。この教材は本来はワークショップ形式で行うものですが、今日は、この中から要素を取り出してお話しします。

今日のタイトルから説明していきます。

1.ムスリム・ムスリマ、イスラームとは

 ムスリムは、男性も女性も含んでいますが、ムスリマはイスラム教を信仰する女性を表しています。

 「こんにちは」は、「アッサラームアライクム(あなたに平安を)」です。

「イスラーム」は「イスラムの教え」という意味です。そのため、日本語で「イスラム教」としているのは「イスラム教」となり「机の机上」のようなおかしなことになります。イスラームは、世界の三大宗教のひとつですね。その割合は、世界の宗教人口のうちの24.3%と言われています。イスラームの人口が多いのは、インドネシア、パキスタン、トルコ、バングラデシュと言われています。亀岡の先端科学大学にも最近、バングラ出身の3名の学生が来たと聞いています。星と三日月をあしらった国旗は、イスラム国家が多いです。

2.私とムスリムとの出会い

私とイスラームとの出会いは、20才の学生時代にマレーシアへの旅行に抽選で当たったことから始まります。飛行機から降りてクワラルンプールに着くと、バスの中から見える風景の中で、体を折り曲げてお祈りしている人がたくさんいました。教科書で学んだ「イスラーム」が現実に目の前にありました。

また、それから数年経って神戸三宮を散策していると、神戸モスクがありました。見学は自由でした。ちょうどその日はラマダーンだったようですが、「ラマダーンだから、みんな今料理つくっているけど、どうぞ」と言ってもらい、見学をしました。それまでの私は、ラマダーンには、イスラームの人たちは食べないとばかり思っていましたが、ラマダーンが終わった時に、ごちそうを楽しみにしていることも知りました。そのモスクでは、男性は1階で、女性は2階でとなっていました。大概のモスクがそうなっています。

そして本格的にイスラームと出会ったのが、2020年の秋でした。私はその当時、南丹市国際交流協会の事務局で仕事をしていました。市役所からの依頼で、ホサインさんが事務局に来て書類の翻訳を頼まれました。ホサインさんは、「自分は日本語ができるけど奥さんは、日本に来て間もないから日本語を学んでほしい」ということで、その後、ヤスミンさんが日本語教室に参加されるようになりました。ヤスミンさんは、コロナ禍で帰国できない状況で妊娠されていたので、市役所の保健師さんと一緒に女性の医師のいる病院探しもしました。その結果、京都バブテスト病院で出産されました。そういうことから、イスラームについて深く知るようになりました。

3.日本で暮らすムスリム

日本で暮らしているムスリムは、2020年には、約23万人と言われていました。2024年は、約42万人と言われ、4年間で二倍になっています。この中には、生まれながらのムスリム・ムスリマと、日本人の改宗者、ムスリムの子ども(例:ムスリムの夫と日本人の妻)などが含まれます。

マスジド(モスク)の数は、2021年3月には、113で、2025年7月には、167と言われています。国内のマスジドには、東京ジャーミー(代々木上原)などがあります。そこも、女性は2階で、男性は1階で祈ります。じゅうたんが引かれていて、それがお祈りをする際に並ぶ線の役割をしています。モスクの中では、女性は見学者も頭を布で巻いています。ムスリムはどこに居ても、時間を決めて、1000万人が同じ方向を向いて座ります。移動中も車の中で方角を決めてメッカに向かって祈ります。神戸モスク(三宮)は、日本で一番古いモスクです。その他に大阪には、大阪マスジド(西淀川)、大阪茨木モスク(茨木市)などがあります。大阪茨木モスクでは、毎週土曜日に子どもも入れて勉強会がもたれています。京都は、京都モスク(鞍馬口)や、京都セントラルモスク(元田中)や、八幡市のイスラミックリサーチセンターなどもあります。

クルアーン(コーラン)の教えを守った生活とは、礼拝を日に5回やり、喜捨断食として、ラマダーンの月には日の出から日没までの日中飲食を絶つとか、一生に一度はメッカを巡礼するなどの教えがあります。ラマダーンは、実は楽しみで、終わった後に飲んだり、食べたりがあるので苦しくないと言われています。ラマダーン終了後は、みんなが寄り合い、ごちそうを食べます。このことについては、またの機会にお話ししましょう。

ムスリムのくらしについては、吹田市にある民博に、ムスリムセットがあります。数珠(電子数珠も)、礼拝用敷物(持ち歩き用も)などがあります。一日五回の礼拝も時間が決まっています。日本語教室などでも、時間が決まっているので、勉強をストップして礼拝する人もいます。キプラコンパスというのがあり、方角を見ることもできます。

イスラームのお祈りの方法として、お祈りの前にウドゥと言って手や足を洗い、体を清めることをします。京都市国際交流会館(kokoka)や、京都タワーには、お祈り部屋があります。全員がそれぞれのやり方でお祈りをします。女性のヒジャブの巻き方もいろいろです。男性も帽子をかぶることが多いし、体の線を見せないようにしています。

ハラール食品としては、アルコールや豚肉は禁止ですが、ハラルジャパンというアプリもあります。日本にもハラルマークのついた物がコンビニなどにあります。韓国やベトナムはハラール食品が多いようです。

イスラームでは、教育の本として、イラストの中の目をかくすこともあります。これは、神様は唯一で天使が家の中で迷ってしまうからという理由です。

昨年、くらるすで、ハラールのBBQをしました。ホサインさんの職場の親睦でBBQ大会があったのですが、ホサインさん家族は普通の肉は食べられないので、一度BBQというものをやってみたいという要望から実施しました。ムスリムは、豚肉は食べないし、豚肉を調理した調理器具も使ってはダメです。ハラール肉は、同じ牛や鳥でも殺すときの方法がちがうのです。魚はOKです。ハラール醤油はいいのですが、アルコールで薄めた醤油はダメです。

4.イスラームの子どもたち

K・Yさん:「亀岡市の小学校に通っているムスリムの児童はデザートにごはんと牛乳だけを給食で、おかずは家から持って来ています。給食にデザートとして出るゼリーはゼラチンを使っているので食べられません。」

総務省は、ラマダンの時の服装や、給食を食べられない場合もあることなど、学校でイスラームの子どもたちに対応するよう指導しています。

12才ごろになるとお祈りもするので、静かな校長室などを用意することもあります。神様と保護者の判断ですが、体育はしないと言う子もいるし、音楽でも歌はいっしょに歌わないとか、誕生日はおめでとうと言わないとかいろいろあるようです。年齢と出身国や保護者の考えで変わります。周りがそうしているから同じようにするという家庭もあります。保護者が神様と相談して必要ないと言えばしなくてもいいという家庭もあります。

児嶋:「インドネシア人のお母さんの知り合いは、神様と相談したので、給食も今は食べてもよいとしていました。」

先週のひまわり教室でパキスタン出身の2年生の男の子がカタカナ練習をしていて、「ぶた」のイラストに✕と描きました。「ああ、豚はハラームだからね」と言うと、「ハラーム知ってるの?」と、うれしそうに尋ねていました。もし大人がイスラームを知らないことから「なんで、絵に✕を描いたの?」「プリントに✕をつけてはダメ」などとその子に声をかけると、彼を傷つけることになるかもしれません。

5.共に暮らすために

*イスラームは単なる宗教ではない。イスラム法もある。個人レベルと国家政治レベルもある。

*イスラムの地域独自の習慣が混同されがちである。宗教実践には、地域差がある。地域独自の習慣とイスラムの規定とある。

終わりに

世界の情勢として、宗教のちがいが、紛争を起こしているのか?いつになったら終了するのか?欧米や日本でも、イスラーム排外主義が広がってきています。この地域でも、イスラームだけではなく、外国人排除の考えが広がっていると思われるようなSNS投稿が最近ありました。今回、このGlobal sessionで話す機会をいただいたので、ぜひイスラームについて知っていただきたいと思い、今回このテーマでお話ししました。知らないことから、排除が生まれると思います。

→ 歴史を学ぶことが必要 開発教育でも、知り、考え、行動することの必要性を考えている。

3月の濱田雅子さんの服飾史からみた中東の国々のお話しからも歴史を正しく学ぶことの大切さを痛切に感じました。

亀田さん:では時間が近づいてきたので、質問はありませんか?

Y・Eさん:ムスリムは音楽を演奏してはいけないのですか?

友前さん:イスラームの教えを表した歌を歌うことします。幼稚園などでもみんなで歌を歌いますが、中身でだめなものがなければOK。

イスラームでは、けんかはダメ。アルコールは飲まない。

他のムスリムが(アルコールを飲まないなど)教えを守っていなかったとしても、それを非難することはありません。

髪の毛をかくすのは、美しい髪の毛を守るため。ヒジャブを頭だけ被るだけか、全身を隠すのかも姉妹によっても考えが違うこともあります。それは、個人の考えそれぞれが尊重されます。ヤスミンさんは全身を覆っていますが、ヤスミンさんのお姉さんは頭を覆っているだけです。

ラマダーンの時でも妊娠中や生理中の女性や子ども、病気の人など3食食べる必要のある人は免除されます。日没後はモスクに行ったらみんなで食べるのです。

S・Fさん:ラマダーンは、仕事や学校が休みの日でも、飲み食いができないのですね。

ホサインさん:仕事の時は、朝も夜も食べます。日中に食べないだけです。一日2食ですね。だんだん慣れます。ラマダーンにはお金をかけてごちそうを食べるのです。

R・Eさん:豚を食べないのはどうして?

ホサインさん:豚は反芻しながら食べるのがきたないと思われているのです。体のためにも良くないと言われています。

亀田さん:犬は飼わないとか。

K・Yさん:豚を食べると神様におこられるからと聞いたことがあります。

ホサインさん:ムスリムは、神様以外には礼をしません。日本で仕事のあいさつの時に90度体を曲げてあいさつをしますが、身体を深く曲げてあいさつするのは神様にだけです。私の職場の人は知っているから、私が軽く頭を下げているだけでも分かってくれています。

Y・Eさん:日本でもおどりの中で、頭を下げないことがあります。

亀田さん:時間が来ましたので質問がまだあれば、友前さんに聞くか、児嶋さんにメールを出し、そこから聞いてもらうかしてください。

では、今月のGlobal Sessionを終わります。ありがとうございました。

2026年3月29日(日)第397回グローバル・セッション・レポート「『服飾から見た生活文化』第30回「古代メソポタミアの服飾史を紐解く」」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室&オンライン
ゲストスピーカー:濱田雅子さん(元武庫川女子大学教授、アメリカ服飾社会史研究会 会長)
コーディネーター:亀田博さん
参加者:14名(うちオンライン3名)
主催:オフィス・コン・ジュント&亀岡国際交流協会
共催:アメリカ服飾社会史研究会

 今回のタイトル:「古代メソポタミアの服飾史を紐解く」

セッション終了後のレポート

2026年2月22日(土)第396回グローバル・セッション・レポート「なぜ日本は「真面目に改善してきたのに」停滞しているのか ー改善の限界と、次の器の話ー」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:曹英さん(中国出身・日本在住)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住)
参加者:13名

 今回のタイトル:「なぜ日本は「真面目に改善してきたのに」停滞しているのか ― 改善の限界と、次の器の話 ―」

自己紹介

亀田(コーディネーター)さん:このGSでの最初は自己紹介から始めます。今回は396回目になり、5月には、400回目を迎えます。今回の曹英さんのタイトルから、連想しましたが、どの人もスマホを使い、ストレスも増え、老化を早めるのではないかと危惧しています。亀田博と申します。ツアーコンダクターをやっています。大津市在住。

Y・Nさん:ひまわり教室指導者です。曹英さんの子どもさんも、いらしたことがあるので、ゲストと聞き、興味を持って来ました。いっしょに勉強したいと思います。

N・Kさん:ひまわり教室指導者です。よろしくお願いします。

Y・Tさん:臨床美術士で、篠山で、さまざまなアートを担当しています。事業所では、韓国から研修に来られたり、Globalにやっていると思います。ひまわり教室と思ってのぞきに来たのですが。

A・Kさん:昨年から国際交流協会の会員になり、参加するようになりました。いろいろな人の話を聞くのが楽しみです。

S・Fさん:おとなの日本語教室で指導をしています。シニアサークルの代表もしています。レジュメを見てすごいと思い、参加しました。

A・Nさん:ひまわり教室で指導をしています。亀岡でエスペラントを教えて広めたいと思っています。

M・Hさん:昨年から、Z・Yさんといっしょにいろいろ活動しています。日本語しか話しません。

Z・Yさん:亀岡市で、外国にルーツを持つ子どもたちの教育支援をしています。ひまわり教室指導者です。曹英さんの話しが楽しみです。

K・Yさん:ひまわり教室指導者であり、亀岡市の外国にルーツを持つ子どもの支援相談員をしています。

N・Fさん:ひまわり教室指導者で、市役所の職員です。

児嶋:このGlobal Sessionは、私は亀岡市交流活動センターの職員であった1999年から開始し、退職後は、オフィス・コン・ジュントとして主宰をしています。今年で26年目になりますか。大体毎月1回は開催していますが、最初は、月に2回開催もあり、ゲストは、外国人も多く、英語でのセッションが主でした。最近は、日本語の流暢な外国の方も多く、日本語での開催になってきています。

亀田(C):今年はオリンピックもあり、毎日テレビを見て観戦していました。イタリアのガレリアでは、専門店やグッズを売る店も多くあったと思います。

M・Hさん:このガレリアもイタリア人の設計と聞いています。

亀田(C):イタリアのガレリアでは、アーケードなどもあり、亀岡の宣伝をしているような感じでしたね。

児嶋:ガレリアはイタリア語でしたね。

亀田(C):次はフランスでの開催ですね。気球も上げるとか。

M・Hさん:亀岡にも気球の基地が川東地区にありますね。

亀田(C):では、曹さんの自己紹介から始めてお話しをお願いします。

グローバルセッション スタート

曹:曹英と申します。来日21年目で、今年45歳。来日後、日本語学校と大学を卒業し、尼崎にある鉄鋼会社に勤めていました。2023年3月にエレコムへ転職し、1年2カ月勤務しました。2024年6月から亀岡のパナソニックデバイスコンポーネント社へ転職し、その際、子どもも亀岡へ同行しました。子どもは小学校へ入学し、ひまわり教室を知って参加していました(9月に中国の小学校へ入学するため帰国)。その後、亀岡のパナソニックデバイスコンポーネント社はパナソニックの内部構造改革により、なくなり、2025年11月からパナソニックインダストリーへ転籍し、現在は宇治拠点で勤務しています。

冒頭では、皆さんと一緒に今年の中国の春節番組を見たいと思い、お見せしました。(動画視聴)。人型ロボットが子どもたちと一緒に中国武術の演出をしていましたね。この動画は公開から1週間も経っていないのに、YouTubeで292万回も再生されたようです。当日は録画ではなく中継でした。皆さんは、これを見て怖いと感じませんか?

児嶋:これを戦争に使ったら、ロボットは死なないし、殺人もできるのではないかと怖くなりました。

曹:私は皆さんの考え方を変える目的はありません。皆さんと一緒に、どう考えれば気持ちが楽になれるのかを、この場で話したいと思います。

ここからが今日のテーマです。私は、ロボットを「AIの次の器」だと捉えています。AIは画面の中だけで完結せず、現実世界で動作する器を得たとき、社会の見え方や、人の不安の形が一段変わると思います。その変化の前に、私たちは「改善」という行為をどこまで続けるべきか、そして、いつ「次の器の設計」に切り替えるべきかを考える必要があると思います。

皆さんの身のまわりでも、改善がふんだんにされてきたのに、なぜか改善効果が見えてこないと感じることはないですか。改善には、すぐ効果が見える段階と、いくら改善しても効果が見えにくい段階があります。

例えば、「A4サイズの紙一枚に議事録を収めてほしい」と言われたら、前提条件として、一回目は要点のみをきれいに整理して作成できました。提出後、A上司に「もっと参加者の発言を議事録に入れてほしい」と言われました。すると、1回目の改善(上司の要望)を実施し、提出しました。その後、B上司に「もっと社長の発言を入れてほしい」と言われて、2回目の改善を実施し、提出しました。しかし、提出後、C上司に「専門用語の説明を入れてほしい」との依頼を受けて、提出物は3回目の却下を受けました。

議事録作成者が3回目の改善をし、提出した議事録は、すっきりとした文面から文字だらけの外見になり、どこの何を見た方がよいかもわからなくなってしまっています。フォーマットの余白も見えなくなりました。改善をすればするほど、当初の目的から徐々に遠く離れていきます。そして、最後には誰も当初の意図がわからなくなり、もっぱら実行へ変貌するのです。

このように、白紙状態からの改善は効果がすぐ見えます。取ったメモを清書し、さらに観点や段落を整理すれば、誰でもすぐ読める状態にできるため、その改善は必要です。しかし、すでに改善効果が見えたものに対して、さらなる改善が求められた場合、何かを犠牲にしなければならない状況へと変貌するのです。

今は皆スマホを使用していますが、約18年前はガラケーが日本の先端技術として使われていました。当時、日本の携帯メーカーの多くはスマホを新たな器として認めず、ガラケーの機能改善に取り組んでいました。判断の誤りと、ガラケーの過度な改善に拘った結果、日本の携帯メーカーは続々と消え、現状に至っています。

最近、Sonyは自社のテレビ事業を分離し、海外メーカーと合弁会社を設立すると発表しました。Sonyのテレビは非常に高性能で、市場から非常に高い評価を受けています。これは改善をし続ける結果である一方、「高い」「操作内容が複雑でわからない」というマイナス評価も受けています。結局、SonyのテレビはSonyの世界観がわかるユーザーしか買わないものに変貌しました。代わりに、誰でも軽く手に入れるものでなくなり、最大の一般ユーザー向けの市場を中韓勢に譲渡せざるを得なくなりました。ここでは、改善が悪いと言っているのではないのですが、結果として改善の限界が来ただけで、手放しするしかない状況に変わった例の一つでといえます。

当然、高品質と高機能なものは付加価値が高いという一説もありますが、市場が小さいことは事実です。大きな一般市場で勝負をして利益を取ろうとすれば、必要な機能だけを安く提供できることが勝負のカギであると思います。

結論として、改善は必要な部分だけでよいのです。過剰な改善の領域に入ると、限界利益が徐々に消えていき、改善効果は改善に必要なコストより価値が小さくなります。そして、出口として、改善の効果が薄く見える時点で、新たな器の設計へ変更すればよいのです。

亀田(C)さん:みなさん、感想はどうですか?

K・Yさん:100点をめざすまでに、動きを早めて考えることが必要ですね。わかるような気がします。

曹英さん:この時にパナソニックは1万人くらいのリストラをしています。これは、切るためのリストラです。10人で何の仕事をしているのか。どこに力を入れているのか。「100%引き継いでほしい」という前に、どうやって改善するかを考えてからやってほしいです。小さな改善をしても、他の方法はなど、コミュニケーションがあまりないですね。

M・Hさん:上の人が理解できる範囲でやりたいのかも。

A・Nさん:今は、AIに聞いたら、最善の方法を教えてくれるかもしれませんね。

曹英さん:会社の言いたいことはわかるのですが、日本での方法だけかも。

Y・Tさん: 私は、福祉関係で仕事をしているので、人を相手なので、少しちがいますが、異端だからよくないという考えは、ないですね。会社は、管理しようとしますね。

曹英さん:日本では、上司はこわいという感覚ですが、中国の方が、力は弱いと思います。

S・Fさん:ちょっと前に同窓会があって、いろいろな仲間に会いました。その中で昔は、成績があまり良くなかった人が社長さんになっていました。どのようにやっているのかと聞くと、「自分が社長やから、かしこいと思う人を使う」と言っていました。彼は、自分自身をよく知り、味のある人物になってきたなと思いました。

曹英さん:まじめすぎると、言われたことは、自分自身ですべて受け止めたいと思うかもしれませんが、受け止められないこともありますね。

S・Fさん:だれかにか、何かに依存する能力も必要だと思います。

曹英さん:日本では、正しい方向として教育していますが、正しくない方向になった時にどうする?という教育をされていないような気がします。そういう場合に、他の方向に転換するという方法もあるのですが。

A・Kさん:日本人でもいろいろとは思いますが、みんなそろってがまんするということもあるようですね。失敗してはいけないと思う力が強いと、個人の柔軟性が見落とされるのでしょうか。他とちがうことも意識する必要がありますね。

曹英さん:日本語の「和」という字がありますが、個人の意見は、システムの雑音のように思われ、みんなそろって方向性を見つけるとか。

M・Hさん:亀岡にいると、移住してくる方がたくさんいますが、むかしからある集落の「和」に入れるかが課題ですね。この「和」がくずれたらあかんと思う力が強いと、除外される可能性もあります。

Y・Tさん:異端は、いじめの対象になりやすいですね。大陸的な考え方で自然に受け入れたいですが。

曹英さん:今は日本でも、個人の文化といえると思います。今の若者は、個人の考え方を持つようになって来て、発信力もあり、どうやって影響力を持つかが課題のようですね。

K・Yさん:個人の力といっても、いろいろですね。学校の職員会議では、若者はあまり発信しないそうですよ。

児嶋: それは、どうしてでしょう?

K・Yさん:会議で発言するという教育を受けていないのでしょうか?「いやだ」と思ったら教師でも「やめる」となってしまうようです。

曹英さん:その理由は、2種類あると思います。

  1. 先生の教師としての仕事の他に仕事が多すぎる。そうすると家に持ち帰ってまでやらなければならない事が続く。
  2. 暗い会議ではなくて、自由な雰囲気を作りなんでも言っていいという状況を作る。それと、自分の意見を要約して述べる能力を鍛える必要がある。

(今日は、N・Kさんが、早めに帰らなければならないと聞いていました。そのために、どのような方法で、早めに内容に入ってもらうかも、考えて、最初から主題を話していました。)

これも、状況に対応する方法だと思います。

N・Fさん:若者が意見を言わないと言われましたが、人によると思います。私が小中学のころは、クラスの中で力のある子がいると、だいたいが黙って意見を受け入れていたかと思います。力がある子は、不良の子が多かったので、だまっていて、逃げるのが一番と思っていたのかもしれません。私は、大学卒業前から、大学院に行こうか、海外へ留学しようかと考えていました。でも、専門的になるには、大学院の修士が必要と思いましたが、お金も必要だし、いちど仕事をしたら、何が必要かわかるかなと仕事を始めて、市役所の職員になりました。でも、やはり大学院で学びたくなり、この四月から、方向を変えます。

Z・Yさん:発言しないのは、したくてもできない環境があるからではないでしょうか?会議で発言しても、上司は、「そうですか?」で終わるし、他のみんなは、「なんでそんな話ばかりするの?」などと思っているみたいです。これは、日本のシステムかとは思いますが、システムの変更をするには、視野を広くしないと見えないものがあると思います。また、言われた事でも、「言わないでおこうか」と思い、上司に話しが行って居ない場合もありますね。

S・Fさん:私は、水道メーカーで仕事をしていたのですが、社長さんは、「役職なしで呼び合おう」と提言され、「さん」付けで、どの人も呼び合っていました。会社というピラミッド構造をどうつきくずすかは、大きな課題ですね。感覚として、現場をどうとらえるかですが、この方法は、自分たちにとって良かったのかなと思います。

曹英さん:「何をしたいか。」これをしたいとなると、何のためにとか、誰に提供するのかなど、共に考える必要があると思います。

A・Kさん:上から言わないで、自分で考えるように、若い人に「アプローチしてもいい」という雰囲気を作る必要があると思います。ひとりで言ってもだめかなとあきらめることもあると思います。「ひとりで言ってもかわらない」とか思って。でも、言い続けることが良いという雰囲気を作るといいですね。

曹英さん:今はまだ薬でなおせない病気もありますが、何を使っていますかなど、聞き続ける習慣を持ってほしいと思います。

Y・Tさん:コミュニケーション力も必要ですね。変化して行かないといけない社会ですからね。今は、日本もエネルギーや食料問題を抱えています。外国から来られると、日本に溶け込むのに苦労している人が多いです。日本人には外の目の方が影響力があるようですが、世界観を拡げていかないといけませんね。

怪我をして、車椅子生活になった若い人も多いのですが、日本ではまだまだ支援が足りないと思います。高齢化になると、ほとんどが障害者になるのですが。韓国のユーチューブ での体操もありますよ。いっしょに楽しめる場が必要ですね。

最近ロボットが出てきましたが、軍事目的か、介護にも使えるかと思いますが。

児嶋: 中国ではロボットを介護現場でも使っているようですね。

M・Hさん:子どもたちが、使い方を鍛えられているようですね。

曹英さん:ロボットを好き嫌いだけでなく、どれを使うかですね。中国は隣の国ですからね。

A・Nさん:中国はロボットが多いのですか?

M・Hさん:力の差が広がっていますね。この頃は転職の宣伝が多いですね。日本の職場でも転職する人が増えているのでしょうか?だめな上司の下では伸びないよと言っているような。今までの事務系の職種などに風穴を開けているような感じです。

Y・Tさん:今関係している会社は、最初は13名だったのが、60名を超えるような大きくなっています。音楽療法として、佐渡豊さんなどを招待したり、行政も招待したりしています。人生を楽しむ時間を増やすという方向です。でもヘルパーさんが少ないので、ロボットがあれば変わるかもしれません。

児嶋:中国で、大学を卒業した新卒が、仕事がないと聞いたことがありますが、なぜですか?

曹英さん:中国で大卒の人に入社面接で、聞くのは、何の資格を持っているか?英語を話す?簿記はできるかなど、求めすぎほどです。日本では、アルバイトはどんなのをした?何のクラブ活動?などを聞くだけですが。

さまざまな国にいる中国系の人を華人というのですが、工場やサービス業に務めるのを恥と考える風潮があります。転職しても、その業種にいたと書くと入れてくれない場合があります。仕事の価値観がちがうのですね。マレーシアやシンガポールなどの華人社会も同じです。自分の仕事を持っている場合は、またちがいますが、例えばたこ焼きやなど。

A・Nさん:日本でも、60年か70年前は、少しちがっていましたね。私の父は教員でしたが、農業をしている百姓の方が上とされ、給料をもらうのは気楽やねと言われていました。

Y・Nさん:先生は、楽ではないですがね。

曹英さん:よけいな事を考えずに仕事をするように求められます。好きなようにしていても、上司にひっくり返されることもあり、楽ではないですね。宇治に転勤したとき、自分ともうひとりの女性がいました。その女性は、「元の人から100%引き継いでください」と言われ、やりたくないこともやるように言われ、しんどくなって停職になりました。私は、データ化などの方法で前の人の仕事を分析し、自分流にアウトプットして肩のちからは抜けているので、大丈夫ですが。女性は逃げ道がなかったのでしょう。

A・Kさん:相手の話を聞いて、ちがうやり方などを相談できたらよかったでしょうね。

    (N・Fさん:退出)

曹英さん:上司は、今までは問題がないと思っていたのでしょうね。

A・Nさん:自分がまちがっているとは思っていないのでしょうね。

曹英さん:必要なら、今後はAiに投げてやらせてもいいですね。

A・Nさん:生き残れる場所と死んでしまう場所にちがいが出てきましたね。

曹英さん:このやり方をやめないと、取り残されてしまうと思います。

Y・Tさん:回答を求めるのが早いのでしょうね。

曹英さん:年齢が上の人にお願いをする会社の寛容さも必要でしょうね。

児嶋: 選挙の時に思ったのですが、SNSなどで誘導するのはこわいなと思いました。

曹英さん:台湾なども、選挙のころにやってきていましたね。高市さんが、政治家として一番進んでいるわけではないのですが。

亀田さん:AIのフェイク画像も出てきていましたね。

曹英さん:日本は世界の中で、上の立場にたっていたと思う人が多いでしょうが、時代は変わって来ていて、近隣の国々とどう付き合っていくべきかを考えないといけないと思います。

亀田さん:中国で大卒でも仕事がない若い人は、日本や韓国やオーストラリアなどを目指していますね。アメリカにも行くでしょうが、財力がないと難しいでしょう。大学院に行きたくても受からない場合もありますから。

児嶋: 外国から来た人は、たいてい日本から帰らないですね。

曹英さん:中国は、きびしくて、中国のデジタル現場にはいれない人は、「会社をやめろ」と言われたりして、帰っても負けることがわかっている場合があります。キャッシュレスも当たり前で、情報誘導もされています。

A・Nさん:プライバシーがないみたいですね。

Z・Yさん:パソコンなどもパスワードが出てきますしね。

曹英さん:都合の悪い情報もありますから、その点では民主制度も見直さなければならないと思います。中国は独裁と言われていますが、独裁でこそできたこともあります。

Z・Yさん:日本はこのような状況でどこまで民主主義かなと思いますが。

A・Nさん:日本は官僚制であって、民主主義とはまぼろしかも。

曹英さん:民主主義といいながら、政党政治ですね。高市さんは、中国にけんかを売ったと言われていますが、それを利用して今回は政治の中で勝ちをとり、「よっしゃ、今からだ」と。漫画が好きな麻生さんを飛ばしたとか言われていますが。

中国では、高齢者は漫画は見ないですが、若者は上海を中心にはやっています。日本で有名なのは、すぐにはやっています。

亀田さん:時間が12:30を過ぎてしまいました。もっと言いたいことがあったら、児嶋さんに送り、曹英さんにも聞いてもらえますよ。では終了です。

2026年1月10日(土)第395回グローバル・セッション・レポート「昨日までの私の旅」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:Noah Mathyさん(亀岡市国際交流員)
コーディネーター:和田健一さん
参加者:13名

 今回のタイトル:「昨日までの私の旅」

自己紹介

亀田さん:では、自己紹介から始めてください。

和田さん:市役所国際係で仕事をしています。

Y・Hさん:総合商社に勤めていましたが、3年前に退職し、亀岡に帰郷しました。英語や読書が趣味ですが、頭を使おうとGlobal Sessionに参加し、いろいろな話を聞いて楽しんでいます。

N・Fさん:市役所の職員となり、2年目です。亀岡出身で、ボランティアとして、ひまわり教室や京都駅でガイドなどもしています。

S・Zさん:2年前に、亀岡市の国際交流を5年間していたのを終了し、今は「森の京都」の仕事をしています。

M・Tさん:アメリカの大学で教授をしていました。今は日本に帰国しています。友人で、スイス生まれの人がいて、5カ国語を話します。そのひとの頭はどうなっているのかと興味があり、今日も何かのてがかりが得られるかと参加しました。

F・Kaさん:3年前に住んで居た滋賀県日野市から、京都市内へ移動しました。それまで、35年間支援学校(昔は養護学校)の教員をしていました。退職後は学び直ししたいと歴史や古文書の研究をしています。外国には遠い感じだったのですが、最近は新聞でも国として見る意識や地図なども見ています。

M・Fさん:あけましておめでとうございます。このGlobal Sessionはかなり前から続いていますが、多分私は、最古参だろうと思います。映画会社に勤務していて、今も映画制作関係のボランティアをしています。時代劇を映画文化として残したいという願いを持っています。

A・Nさん:エスペラントを亀岡に普及したいという活動をしています。

L・Hさん:2年前にマレーシアから2人の子どもといっしょに亀岡に来ました。

S・Hくん:このGlobal Sessionの参加は2回目です。外国と日本の文化のちがいを見るのが好きです。Globalなアクティビティが好きです。亀岡高校1年生です。

E・Oさん:2年前にまた、亀岡に住むようになりました。JTの子会社に勤めて1年になります。(GSは長く参加されています。:児嶋)

児嶋:このGlobal Sessionは、毎回言っていますが、1999年から始めて、大体一ヶ月に1度のペースでつづけて、26年目くらいになります。394回目になります。

亀田さん:私は、2002年からGSに来ています。(ドイツ語で)ノアさん、あけましておめでとうございます。私はツアーガイドをしていますが、大学1年からドイツ語も学びました。和田さんもドイツ語話しますよね。ノアさん、では、自己紹介から始めてください。

グローバルセッション スタート

ノアさん:初めましてノアと申します。和田さんと同じ国際係で国際交流員として、2024年8月から、仕事をしています。今日は話を聞きに来ていただきありがとうございます。2025年の12月には、ヨーロッパに帰国しました。今日は、オープンディスカッションとして、いろいろ聞いてください。

(亀田さん:今来られたR・Tさんの自己紹介もお願いします)

R・Tさん: 小学校の教員をしています。

ノアさん:みなさんに質問ですが、外国に住んだことがありますか?

和田さん:ドイツと中国に2年間ずつ住みました。

Y・Hさん:イギリスとアメリカに住んでいました。

N・Fさん:フランスにいました。

M・Tさん:スペインに2年間、アメリカに半世紀、メキシコに1年間いました。

ノアさん:第2の質問ですが、外国語を話しますか?また、外国に行って日本の文化とちがうと感じたことはありますか?

和田さん:あります。

N・Fさん:あります。

ノアさん:ふたつの文化がある国もありますね。カナダなどもそうですね。

 私の父は、ドイツ人で、母は、イギリス人です。父はドイツの南部の出身で、母は、ロンドン生まれですが、母の父の祖父がハイネケンという会社に勤めていて、いろいろな地方に住んでいました。ロンドンは、1歳で離れ、幼少期は、イタリアで、小学校はオランダで、中学校からは、親がアメリカに住み始めたので、寮のあるイギ

 父母はルクセンブルグで出会い、当時母はパリで働いていて、父はマインツで仕事をしていて、その後、母もマインツへ来たので、私はドイツのマインツ(フランクフルト近く)で生まれ、7歳まで英語の幼稚園に行っていました。ドイツとイギリスの両方の国籍を持っています。その後、ランダウというフランス近くの、ドイツの普通の小学校に通っていました。夏休みやクリスマスには、イギリスへ行き、イギリス料理も味わいました。学校は、ドイツ人が多い学校でしたが、自分は両方の文化がわかるようになっていました。16歳で南アフリカのケープタウンのイギリス風の高校に留学しました。

M・Tさん:お父さんとお母さんがけんかしたら、何語でけんかしていたのですか?

ノアさん:けんかはあまりしなかったようです。私は、父とはドイツ語で話し、母とは英語で話していました。

児嶋:ここにも両方のお父さんとお母さんを持つ家族がいらっしゃいますよ。廣島くんですね。

S・Hくん:家では中国語で父(日本人)とはミックス言語でしたね。

和田さん:ドイツとイギリスの弁当のちがいはありますか?

ノアさん:ドイツには丸いおいしいパンがあり、よく食べました。イギリスはtoast、ドイツはbrötchenを食べます。

育った環境と生まれた環境は、どちらが影響すると思いますか?

和田さん:基準とする時期にもよると思いますが、触れる時間の長い環境が強い影響を及ぼすと思います。

N・Fさん:ドイツではよくビールを飲むようですが、ドイツでは何歳からビールを飲めるのですか?

ノアさん:16歳からです。

S・Hくん:日本に来てドイツと日本の文化のちがいは感じましたか?

ノアさん:working hardは、両方に共通していると思います。時間を守るのは日本だと思います。

家庭の文化と学校の文化のどちらの経験が多く影響をしていますか?

和田さん:ちがいを経験したことがないですね。日本生まれて日本で育ったので。

ノアさん:日本では、先生と両親とどちらの影響が強いですか?

R・Tさん: 多分、家庭の影響力の方が強いと思いますよ。

ノアさん:ドイツでも両親の影響の方が強いと思います。子どもの時からドイツに住んでいたので。

児嶋:廣島君はマレーシア出身のお母さんと日本出身のお父さんですね。家では中国語で話していると聞きましたが、学校では英語やマレー語を選べるとか。

S・Hくん:学校ではマレー語ですが、英語や中国語も小さい時から習うのを選ぶことができます。

ノアさん:ドイツの高校を卒業すると、GAP Yearというのがあって、大学に行く前に他の事をやるという意味があります。インターンシップとして、1年間、ボランティアや旅行に行き、その間にこれから何をやるかを考えるのです。私は、オーストラリアで、ワーキングホリデイを体験しました。3ヶ月間、バナナ農園で、働きました。ナイフでバナナの枝を切る仕事です。イギリス人やカナダ人もいました。ドイツでは大学でお金がいらないのですが、イギリスでは要ります。でも、卒業したら、イギリスで勉強したいと思えるようになりました。18歳になると、1週間日本に旅行しました。それは、ドイツから離れたところに行きたいと思ったからです。その時、日本への旅行代金が安かったのです。それから、日本にまた来たいと思うようになりました。母と4か月間話をしていて、モダンラングエジ専攻にして、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、日本語などを学びました。その後、1年間の日本への留学をするために水戸市の茨城大学に留学しました。その時はイギリスのパスポートを持っていたので、イギリス人と思われていました。

 そのころから、ドイツではイギリス人とみられ、イギリスではドイツ人とみられ、自分はどっちだろうと考えるようになりました。

M・Fさん:日本に来ていちばんおいしいと思った食べ物は何ですか?

ノアさん:ラーメンです。ヨーロッパにも日本料理はたくさんありますが。

M・Fさん:日本料理は安くておいしいと言われていますが、どうしてラーメンがいいのでしょう。そばやうどんもあるのに。太秦で仕事をしていたとき、ちいさなレストランにいると、外国人が来て、「ラーメンはあるか?」と聞いていました。このごろはスマホで探して見つけるようですが。

ノアさん:種類が日本料理は多いと思います。また、店によって味もちがいますね。

M・Fさん:イギリスの料理はどうですか?

ノアさん:日曜にはイギリスでは大きな肉を家族と食べる習慣があります。

M・Fさん:オランダでは食べる時間がちがうと聞いたことがあります。

M・Tさん:メキシコでは、食べる時間が2時ころで、夜は簡単な食事ですが、ヨーロッパはどうですか?また、日本では英語だけは、誰もが話せるようにしないといけないと言われていますが、どうですか?

ノアさん:ヨーロッパにはいろいろな言語があるので、共通な言語として、英語を学習しなければならないと言われています。

亀田さん:スイスに5ヶ月間いましたが、英語は公用語でもありましたね。ヨーロッパには小さな国がいっぱいあるので、英語がコミュニケーションの道具ですね。それぞれの国がいろいろな国とくっついているので、住んでいるところだけでなく、列車で、行くとわかりますが、途中でドイツ語になり、次はイタリア語になったりします。日本は島国なので、他国とはちがう言語圏ですね。そのため、日本ではちがう言語で話す機会が少ないのです。昔は、医者はカルテをドイツ語で書いていたようですが、今は英語ですね。

M・Fさん:ヨーロッパでは国がつながっているので、6カ国語くらいは話さねばいい仕事につけないと言われています。日本はちがって、総合職と一般職は大卒かどうかのちがいくらいです。

Y・Hさん:最近は、国境という意味が薄れているような気がします。ネットのつながりもあり。

 昔は、多言語を話せるからいいといわれていましたが、今は、共通語としての英語が重要視されてきていますね。時代が変わって来て居ると思います。

 日本ではドイツ人として扱われているのですね。なぜと思いますか?また、「それをどうノアさんは思いますか?

ノアさん:日本に来てドイツの大使館ではドイツのパスポートを見せれば、ドイツ人と言われるのですが、イギリスとドイツのハーフというのと、日本人からはどうなのでしょうか?

R・Tさん:ノアさんの話を聞くと、国籍はあまり意味をもたないみたいですが、日本人は単一民族なので、他の文化に触れることが少なかったのだと思います。

児嶋:日本では二つの国籍を認めていないので、日本国籍を取得すると、外国から来た人でも、前の国籍を捨てなければならないのです。それは大きな課題でしょうね。

ノアさん:昨年つなががるフェスタであったインド人がインドの国籍を捨てると言っていました。

児嶋:Identityとnationality は、ちがうと思います。

R・Tさん:Nationalityは日本でも、インドのルーツを持つ日本国籍を持つ人ですね。

ノアさん:なるほど。

S・Zさん:ぼくもカナダですが、「イギリスとフランスとどちらの感覚が強いの?」と聞かれたり、「ベースは、どっち?」と聞かれることがあります。

M・Tさん:アメリカ人は、他の言語に興味を持つ人が少ないです。今のトランプも自分のルーツが移民だということを忘れていて、「こういう人がアメリカ人」というのを作り上げたと思います。

Y・Hさん:カナダも二重国籍を認めていますね。

S・Zさん:英語圏とフランス語圏と2つの文化圏があり、文化も大きくちがいます。

亀田さん:スペインでもカタロニアは大きくちがいますね。

ノアさん:ドイツもバイエルン地方はちがいます。

和田さん:ふたつの言語を持つことは2つの文化を持っていることですね。そのことにしんどさはありますか?それぞれの文化を十分に知っていると思って、質問したときに、「知らない」と返ってくることが多いと感じます。二つの文化にルーツがあるということは、どちらの文化にも中途半端に属しているということになり、不安定な状態なのかなと思います。

ノアさん:言語は2つ知っていても、知らないことは多いと思います。ジェイシーさんなどは英語だけですが、いろいろな観点から見ることができる人です。2つのルーツが在れば、しんどいというデメリットもありますね。ただ、私は二つの観点から物をみることができるというメリットの方を強く感じるので、いいことだととられています。

N・Fさん:2つのルーツがあると、歴史教育にちがいがあるかもしれませんね。ドイツは戦争に負け、イギリスは勝って誇りを持っていたり。

ノアさん:ドイツの歴史教育としては、戦争で悪いことをしたことを理解させることが重要視され、誇りを持っている人は少ないと言えます。

M・Fさん:1999年に東ドイツの壁がくずれましたね。

F・Kaさん:家の整理をしていたら、江戸末期の先祖の持って居た物の中から、戦利品が出て来ました。青島(チンタオ)で、ドイツ軍に勝った錫の入れ物です。1800年代のドイツ製品のようで、誇らしげに残していたようです。今は徳島県にいる母に聞いてみると、第1次大戦でドイツ人の捕虜が第九を詠ったり、パン作りをしたりしたと聞いた事があるそうです。第1次大戦のころですね。

児嶋:ドイツと日本は第2次大戦では共に戦ったのですが、戦後の教育の大きなちがいがありますね。日本は、戦後の教育の中で戦争についての教育をあまりしなかったので、教えてももらわず、そのため教師も教えてもいないことがたくさんあり、ドイツと大きく違うと思います。

Y・Hさん:今は、教える量が増えてきているとは思いますが、近代の歴史を学ぶことが手薄ではありますね。

児嶋:この点では、政治的意図も感じますね。

亀田さん:ミュンヘンへツワーを連れて行ったときにドイツ国内の虐殺の歴史のあるところにも行きました。ポーランドのアウスビッツにもドイツから学校の遠足で行く事もあるようです。

R・Tさん:亀岡市としては、国際交流員に何を求めているのでしょうか?

和田さん:姉妹都市交流の推進や、中学校などへの異文化紹介など、亀岡市の国際化に関わる仕事だと思います。

S・Zさん:5年間の国際交流員としての感覚から言うと、国際交流員と言っても、市や町によってやっていることがばらばらだと感じました。架け橋として、言語や文化のちがいをわかりやすく伝えることが責務だと思います。

M・Tさん:学校に派遣などは?

S・Zさん:ALT(英語指導助手)とのちがいはあります。

Y・Hさん:国際交流推進員とのちがいは?ジェイシーさんがいますが。

和田さん:CIR(国際交流員)はJETプログラムの派遣で国際交流推進員は亀岡市の新しい雇用形態です。CIRは5年という期限があります。

M・Fさん:今は、日本には小学校から英語を指導するという決まりがありますね。

Y・Hさん:マレーシアでは、マレー語が母国語だと思いますが、マレー語以外の言語の教育を受け入れをしているのですね。

廣島君のお母さん(スイミーさん):英語が中心になってきて、華僑の人は英語の教育が主ですね。

Y・Hさん:マレー語は死語ですか?政府は?

A・Nさん:単一民族が普通の国ではまちがった考え方もそのままになっていることが多いですね。日本も明治時代以前は、多言語だったと思います。大和語も、琉球語も、アイヌ語もありました。日本の明治以後は、納税者と兵隊を作るためにもNHKを中心に共通語を広めたのだと思います。

M・Fさん:ひとつの漢字を見たら意味がわかるのはすごいことだと思います。スペルだけでは意味はわからないですからね。

A・Nさん:日本に漢字が渡ってきて、カタカナやひらがなが生まれましたね

Y・Hさん:日本は単一民族と断定するのはまちがいかもしれませんね。

A・Nさん:縄文人もアイヌ人もいましたね。

Y・Hさん:生まれた時から英語の場合、英語だけでいいのかと思いますね。

A・Nさん:共通する言語と多様さを両方使うのがいいかもしれませんね。どこにもメインの言語があり、マジョリティの傲慢さがあると思います。

M・Fさん:日本で育ったので、ことばを話し、字も見て成長したと思います。

A・Nさん:明治の漢字の教育もありましたね。

M・Fさん:入国するときに日本語の試験をという考えも出て来ましたね。

児嶋: 移民文化もありますね。

M・Fさん:香港は強制的に中国語に変更されていますね。

児嶋:ドイツとのちがいもありますね。

M・Fさん:ドイツの経済を支えているのはフォルクスワーゲンなどの自動車産業ですね。これは日本とも似ています。

亀田さん:ミュンヘンにはマイスターがありますね。アウトバーンは無料で、ドイツでは200kmくらい出して走っています。

M・Fさん:車の走る側もちがいますね。ヨーロッパで左に入りたいと思うと、車間をあけて譲ってくれますが、日本ではブレーキをかけてゆずってくれることはないです。

A・Nさん:あけてくれることもたまにありますよ。

亀田さん:フランスの凱旋門などでは、車ごとぐるぐる廻っているので、地元の人でないと出られないです。

Y・Hさん:入る車が優先で、外国の人は押し込まれると出られないです。

M・Fさん:アメリカのような車社会に日本もあとから入って行ったので、ちがいがありますね。

亀田さん:外国に行って調子が悪ければ、「靴屋に行け」と言われます。足の状態が悪ければ元気になれないと。靴や刃物などの技術系はドイツがすぐれていますね。

そろそろノアさん、まとめましょうか?

ノアさん:ありがとうございます。今日の話で、日本の言う国籍とアイデンティのちがいがあることが理解でき、楽になりました。

S・Zさん:ぼくも父はイギリス系ですが、あまり気になりませんでした。

M・Fさん:ドイツにファルツの森というのがありますね。

ノアさん:自然のままで、いのししや鹿もいます。

M・Fさん:ワイン祭もありますね。

ノアさん:日本では、亀岡市と南丹市とかのくくり方がありますが、ドイツは、市は大きくて町はちいさいので、市と町の組み方が大きくちがうと思います。

亀田さん:では時間も来ましたので、もっと聞きたいことがあれば。児嶋さんに送っておらえればノアさんにも聞いてもらえますよ。よろしくお願いします。

2025年12月13日(土)第394回グローバル・セッション・レポート「昨日までの私の旅」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:藤井那菜さん(亀岡在住・ひまわり指導者・市役所職員)
コーディネーター:亀田博さん
参加者:13名

 今回のタイトル:「昨日までの私の旅」

自己紹介

亀田さん(コーディネーター):では、みなさん、話の前にそれぞれの自己紹介をお願いします。

M・Hさん:亀岡に住んでいますが、生まれは八木町です。前回のGlobal Sessionのゲストとして「嫁いだ家は、武家の家~400年の歴史あり~」をやったところです。

F ・Kさん:児嶋さんと長くいっしょに仕事をしていて、オフィス・コン・ジュントのホームページも担当しています。

M・Tさん:半世紀前に、フルブライト共生資金でアメリカに留学しました。その後アメリカに残り、カリフォルニア大学で人類学を研究し、指導もしていました。留学すると、言語の問題は大きいことがわかります。アメリカ留学中に、スペインのカタルーニャ地方に1年間住んだことがあります。そこで、カタルーニャ語を習ったのですが、なかなかでした。日本の外に出ることをどうとらえておられるかが興味があります。

K・Wさん:GSには、初めて参加します。市役所の国際交流の係にいて、先日の先日の市制70年記念式典では、藤井さんにも手伝ってもらいました。

A・Nさん:エスペラント語の知名度を上げるための活動をしています、教えてもいます。140年前に始まり、世界には100万人~200万人の話し手がいると言われています。

E・Oさん:JTに努めています。フランスに留学されたようですが、私も、フランスは好きな国のひとつです。はなやかな印章がありますが。

Z・Yさん:外国につながる子どもの教育支援をしています。小学校、中学校を訪ねています。今日は、ひまわり教室でもお会いしているので、楽しみにして来ました。

Eさん:フランス生まれで、ガイドとして仕事をしています。3年前にイタリアに留学し、楽しかったです。その後、ガイドになるために、いろんな言語を学びました。日本語も学んで、今はワーキングホリデイビザで来日し、ボランティアとして幼稚園などで仕事をしています。

児嶋: いつも自己紹介で言うのですが、このGlobal Sessionは、1999年に亀岡国際交流センターで仕事の一つとして開始しました。退職後は、私のオフィス・コン・ジュントが主催しています。毎月やっていて、今年で26年目になりますね。

亀田さん:ぼくも最初のころから参加しているので、GSの資料がいっぱいあります。ガイドとして、フランスのアビニオンにも行きました。

では、藤井さん、まず、自己紹介から始めてください。

グローバルセッション スタート

藤井さん:亀岡生まれで、中学校までは亀岡でした。高校からは市の外に出ましたが、海外留学もしました。今は、亀岡市役所に勤務しています。

5歳の頃に、家族でオーストラリアのケアンズに行ったのが海外に行った初めての経験です。その時、レストランでワニの肉を見ました。コアラも海で泳いでいるのを見ました。

母が英語の通訳や翻訳をしていたので、旅行のアレンジもしてくれました。

高校は、京都の音楽関係の学校だったので、修学旅行は、クラシック音楽が聞けるウイーンのオペラ座とチェコでは楽器のレッスンもありました。旅行中にベートベンの家も行き、ウイーンの教会ではコンサートもしました。いっぱいの人が来られて、ことばの壁を越えて楽しんでいただいたのがうれしかったです。またいつか戻ってきたいなあと思って帰ってきました。

大学は立命館大学国際関係学部に入学し、国際協力開発や、政治なども学び、英語での講座もありました。留学生の多い、グローバルスタディーズコースと日本人が多い国際関係学コースもあり、いろいろな人と話しができました。第2言語として、1年間は、ハングルを学び、2回生からはフランス語を学び、留学もしました。コロナ禍もあり、3回生になった2022年にようやく留学生としてフランスに行きました。別の国であるイギリスなどにも行きたかったのですが、それは無理だったので、すが、それは無理だったので、南フランスに行きました。南フランスのトゥールーズでエアバスの工場があり、インド人が多くて、彼らは英語で生きていました。でも、大体は英語を話す人は少なかったです。フランス語学習のクラスには、留学生が少なく、移民の人がほとんどでした。ラテンアメリカやアラブ系も多く、年齢もばらばらで子どもさんがいる人もいました。難民の方も何人かいて、アゼルバイジャンやパレスチナからの人もいました。「なんで日本には宗教がないの?」と聞かれ、「いろいろあるけれど」と言ってもわかってもらえないようでした。

フランスに滞在中の2023年には、大きなデモがありました。学校は封鎖され、授業もテストもなく、オンラインで学習したことがあります。

留学後にフランスやいろいろな国を訪問した時の写真です。フランスのシャンゼリゼ通りでは、年末の歩行者天国に入るまでに、持ち物検査もありました。オランダではコンサートに行きましたが学生には学生割引もありました。ヨーロッパ旅行に中には、ポーランドのアウシュビッツも行きました。暗い歴史を見たくないとか、事実を受け止めるのが不安だとして、私はあまり行きたくないと思っていたのですが、友達がどうしても行きたいといったので行きました。戦争犯罪は組織的行われ、収容所でも階級をつけ、上が下をいじめるとか、ナチスの兵士が、自分で手を出すことが少ないように作られたようです。生き残った人も「生き残ってしまった」という感覚を持つ人も多かったようです。今もユダヤ系の人々の訪問者があり、高校生もいて、祈りながら、暴力に反対すると言っていました。

最近のニュースでもイスラエルのガザへの侵攻があり、普通に生きていた人たちが、爆弾で怪我をしたり、何もなくなってしまうようなことが起こっています。暴力が少しでも無くなるように考えていきたいと思います。

亀田さん:S・Hくん達も自己紹介をお願いします。

S・Hくん:亀岡高校の1年生です。マレーシア出身です。(お父さんは日本人・お母さんは、マレーシア人)

A・Hさん:大成中1年生です。英語が得意です。(英語が中心の学校に通学していた)

亀田さん:質問があればどうぞ。

S・Hくん:フランスからイギリスに行くとかはできなかったのですか?

藤井さん:イギリスはEUから離脱したので、パスポートが必要ですね。オランダなどはいらないです。日本人以外は、ビザ無し観光ができるので、パスポートを持っている人としての対応で早く入国できますね。

児嶋:市役所に今、藤井さんは仕事をされていますが、どうしてかなと思って。

藤井さん:留学から帰国したら、正直仕事をしたくありませんでした。でも、働かないといけないので、就活を始めました。亀岡市内では市役所も受けてみました。実家からも近く、内緒でしたが、受かったので、とりあえず始めてみようと市役所に入りました。

K・Wさん:ぼくも大学時代にドイツへ留学しました。帰国後、大学院に行き、刑事政策などが専門でした。博士課程でハンブルク大学の大学院に行き、その後中国の大学に勤務していました。コロナ禍もあり、戻ってきたら、母の病気もあり、市役所に入り、今年で3年目です。

児嶋:市役所の仕事は、おもしろいですか?

K・Wさん:市制70周年の事業や、ウクライナの市長さんが来られたり、11月には、亀岡の中学生が台湾にスタディアブロードしたりといろいろあります。いっしょにいると、中学生が成長するのが見えて、おもしろいです。12月21日(日)には、スタディアブロードの報告会があります。

M・Hさん:70周年年記念でアメリカのStillwater市のラリー。ジョーンズさんが来られましたね。(ジョーンズさんは、OSU京都校の副学長でした:児嶋)その奥さんの日本出身のカヨ・ジョンズさん(もう亡くなりましたが)は、仲良しでした。

Z・Yさん:K・Wさんは、ドイツに留学していたようですが、何年いたのですか?

K・Wさん:2年いました。ドイツ語やドイツの刑法などを勉強していました。ドイツで生活しているときにデモを目の当たりにしましたが、過激なデモはほんの一部であったと思います。多くの住民は平和的な抗議活動をしていたと思います。フランスではどうでしたか?

藤井さん:フランスでは、一部が暴徒化していましたが、112万人ほど参加し、111.9万人は、静かでした。

Eさん:一部の人が暴徒化します。一番後ろにいる人が、夜に破壊行為などをすることがあります。

E・Oさん:ヨーロッパではテロの脅威はありましたか?

藤井さん:コンサートホー-ルに入るまでにも手荷物検査があります。クラスメートはイスラム系が多く、テロに参加すると思われがちなのもつらいだろうと思います。テロを抑えるといいながら、差別を生むこともあると思います。

M・Hさん:ヨルダンから入ると警戒されるでしょうね。

藤井さん:高校の時、1個前の学年が、フランスへ行きましたが、先生がマスクをしていただけでコンサート会場に入れなかったそうです。

児嶋:インドネシアのイスラム教の友人は、神と自分との関係は神とだけつなぐのであり、教団が決めているわけではないと聞いています。そのため、自分の息子さんも日本の学校の給食は全部食べていいと神様と約束したそうです。

M・Hさん:9.11以降、移民に厳しく、南米からは麻薬に注意しているようでうすね。

亀田さん:27年前に、ブリュッセルからパリへ行く飛行機の荷物検査でアジア系が全部調べられたことがあります。

M・Hさん:アメリカでは白人社会が優先されますね。

亀田さん:フランスは移民が多いですが、ドイツはトルコを入れてから失敗したと言われています。

藤井さん:パリは移民のコミュニティが多いのですが、移民として住んで居る人は、フランス人と同じとしての扱いを受けていないようです。フランスには意見を言う文化があり、デモもあります。パリは不安定になるかもですね。

M・Tさん:外に出るとしたら、どこが多いですか?

藤井さん:アメリカに行きたいです。北米もカナダも。若い人は最近、海外に行かないようですよ。

藤井さん:インターネットで海外旅行ができてしまうとか、「留学するなんて」という人もいて。

M・Tさん:大学に入った1年生の時にメキシコに行きました。日本で勉強させて50人ほど留学したいと。8人ほど選ばれ、私もその中に入り、21歳でメキシコで他の文化を見て大きな役に立ちました。両親に感謝したいと思います。

藤井さん:マイナーなところへ行くと、「どうして?」と言われることがあります。世界はアメリカだけではないのに。

M・Tさん:メキシコとアメリカの境に行くと、差がよくわかります。でも楽しかったですよ。

児嶋:アジアの国々に日本が戦争前にしていたことを、今の時代に学習しなければならないと思います。朝鮮半島に35年間、台湾に50年間植民地にし、その間学校で日本語しか教えてはならないとしたことを学校で教えてももらえず、教えてもいませんね。

藤井さん:町を歩いていたら、「ニイハオ」とよく声をかけられます。中国人を日本人の区別がほとんどないのです。そして、排他される経験を受けると、他を傷つけることを考えることができるようになります。

日本人ファーストなどと言う政治家がいますが、反対です。

M・Hさん:アジア人というと、中国人のイメージが大きいのかもね。娘がアメリカに留学していたので、サンフランシスコやニューヨークにもいきましたが、チャイナタウンがあり、中国人のコミュニティがあります。その次には、コリアンタウンがありますね。日本のコミュニティはあまりないですね。

児嶋;ブラジルにはいくつもありますよ。

廣島君:マレーシアにも日本人街がありますよ。

亀田さん:ハリウッドの映画でも、日本人の役を中国系の人がやることがありますね。

A・Nさん:実際に、日本人か、韓国人か、中国人かは、わからないでしょう。

M・Hさん:娘に聞くと、黒人が一番使用料が高く、チップがアジア系にも必要で、白人が一番安いとか。

藤井さん:清掃などの仕事は移民の人が多いですね。フランスでは接客業は、フランス人です。

亀田さん:最近日本でも、コンビニは外国人が多いですね。日本語がだんだんわかるようになったのですね。土建業はベトナム人が多いようですが。

M・Hさん:農業でもベトナム人の女性が多くなっています。介護施設でも多いですね。

児嶋:介護には資格は必要なのではないですか?

E・Oさん:介護施設でもインドネシア系の方がたくさん入っていたそうですが、やめることも多く、雇う側の負担も大きいようです。

亀田さん:何年かいると思いますが、2年経つと日本語検定を受け、受かると1級になり、長く居られるのですが、中国からのひとの方がとれる確率が高いようですね。

Z・Yさん:試験は喋るのではなく、いくつかの中から選ぶ形なので、漢字文化圏の方が有利なのだと思います。受かっても全然話せない人もいますよ。

児嶋:日本語能力は、日本に住む時に問われるわけではありません。これは、課題ですね。

Z・Yさん:日本語を勉強したいからと言って会社に入るひとは少ないのです。

E・Oさん:会社には、フィリピンの人が多いのですが、日本語は知らなくて来ていて、難しいので、ジェスチャーだけで話しているようです。会社で日本語講座を開いてほしいと思います。

M・Hさん:力になりたいということも伝えたいと思いますが。就労ビザと日本語学習との関係もありますね。

児嶋:以前から、亀岡でも、会社で日本語教室を開校してほしいと言ってきています。日曜日は、このガレリアでもずいぶん前から、日本語教室がありますが、日曜日がいつも休みとは限らない働き方をしている外国人雇用形態があり、なかなか続かないようです。そのために、会社で毎日開校していれば、行ける時に日本語教室で学ぶことができるので。

Z・Yさん:日本語をしらなくても来る外国の方が多いです。どこかで日本語を勉強したいとは思っているようですが。京都市内にも日本語学校はありますが、授業料も高く、仕事をしながらでは、難しいですね。学校に行く子どももいっしょに来る場合がありますが、子どもも日本語を話せないので、学校で反発を受け、行きたくなくなるケースがあります。その国の言葉で話せたら、とてもうれしいですね。ひまわり教室のように。

K・Wさん:行政も、どこで外国人が働いているかを把握しつつあります。2025年度からは、協力確認書制度が始まり特定技能で外国の方を雇用する企業は地方自治体に協力確認書を提出することになり、それも一定数集まってきたので、今年度末には提出企業に集まっていただき意見交換会を開催する予定です。京都府とも連携し、多文化共生についても力を入れていきたいと考えています。

E・Oさん:仕事以外にも、好きなことができるといいですね。

Z・Yさん:例えば、マレーシア出身の子が、クラスの子どもたちに、そこの文化を発表して伝えるとか。

児嶋:ひまわり教室で、先日、ネパール出身の女の子が自分で文化などを伝える練習をしましたね。英語で。その横で、指導者が日本語の訳をしながら。その後、通学している学校で、発表するようです。

Z・Yさん:仕事として、取り出し指導をしていますが、学校によってやり方が違います。1.2年生はその子をクラスから出して別の所で日本語を教えれば力がつくのはわかりますが、高学年になると、たやすくはないですね。英語ができるならば、まず、子どもが英語で自己紹介するのもいいと思います。他の子どもたちに対しても。

M・Hさん:最近は、留学したい学生が減っているようですね。9・11以後は。

藤井さん:私が留学しているときには、他の国からの留学生が多かったです。留学中に、人間的な成長もしますね。東南アジアの国々への留学も殖えてほしいです。

M・Hさん:トランプさんになってから、アメリカに留学したい人は少なくなったのではありませんか?

A・Nさん:ヨーロッパは時差がおおきいですが。ロシアや中国とは時差が少ないのでネットでの会合も楽ですね。最近はネットがあるので、留学が減っているのでしょうか?

亀田さん:日本にはどれくらいエスペラントを話す人がいるのでしょうか?

A・Nさん:一般に10000人くらいと推定されています。日本エスペラント協会の会員数

は、1000人くらいです。組織に所属しないでネットでやる若い人も多くなってきていますが。

Z・Yさん:ホームページなどありますか?

A・Nさん:たくさんあります。日本エスペラント協会や世界エスペラント協会などの他、ウィキペディアやGoogleの言語としても使われています。

M・Hさん:ブラジルに大本さんが布教に行かれて、日系人の方達の間で広まったのではないですか?

A・Nさん:大本の布教はされましたが、ブラジルでのエスペラントの普及とは直接関係ないと思います。最近、京都新聞で、大本教の弾圧の歴史を取り上げていましたが、大きな弾圧がありました。

M・Hさん:天皇と皇帝のちがいとか。

A・Nさん:日本古来の宗教感覚は、おてんとうさまとして仏教も全部取り込んでいるのですが。開国・明治維新のころに西洋思想にかき乱されたと。

M・Hさん:やおよろずの神ですね。

A・Nさん:山折哲夫さんの「信じる宗教・感じる宗教」という本がありますが、気配を感じるということもあります。

F ・Kさん:藤井さんが、留学したり、海外に旅行して、一番気づいたことは何ですか?ヨーロッパなどでは、キリスト教の影響が多いとは思いますが、なぜそんなに多いのか考えたことは、ありますか?

藤井さん:日本では、知らず知らすに目だけで会話しています。日本人以外は、ことばにしないと伝わらないことが多いです。空気を読むという文化も他では無いと思います。

F ・Kさん:その後、自分の性格なども変わったと思うようなこともありましたか?

藤井さん:大きく影響を受けたと思います。

児嶋:言いたいことは言えるようになりましたか?

Z・Yさん:日本人が、「ええっとね。・・とか、それでね・・」などの言い方をしていると、 言いたいことがよくわからないのですが、留学生は、はっきり言うので、何が言いたいかよくわかりますね。

亀田さん:それでは、12:30も過ぎたので、終わりにしましょう。疑問や意見があれば、児嶋さんのメールに出してみてください。

2025年11月29日(日)第393回グローバル・セッション・レポート「嫁いだ家は武家の家~400年の歴史あり~」

コンテント

場所:ガレリア3階 会議室
ゲストスピーカー:日置(へき)道代さん
コーディネーター:亀田博さん
参加者:15名
主催:オフィス・コン・ジュント&亀岡国際交流協会

 今回のタイトル:「嫁いだ家は武家の家~400年の歴史あり~」

セッション終了後のレポート