グローバルセッションイメージ

2021/07/04

2021年6月12日(土)第341回グローバル・セッション・レポート

開催日:2021年6月12日(土)10:30~12:30
場所:ガレリアかめおか 3階 会議室
ゲストスピーカー:村田英克さん(JT生命誌研究館 スタッフ)
コーディネーター:亀田博さん
参加者:12名

今回のタイトル:曲『胡蝶』と生命誌研究館の「食草園」企画展

コーディネーターの亀田さんの自己紹介から始まりました。

サム:国際交流員のジード サムです。コロナで現在、交際交流の事業もないのでこれから、やれたらいいなと思っています。カナダ出身です。

T・M:東つつじに東つつじにいましたが、現在は保津町に住んでいます。設計を仕事にしていますが、現在、レンタルスペースとして「保津浜TERRACE」を運営し、最近、ガラス工房の個展をしていた時に児嶋さんが来られ、ここに来ることになりました。その時に安詳小学校からつつじが丘小学校に校区変更をしたときに、いっしょに安詳小からつつじ小に移動に児嶋さんもいっしょに、教員として異動されたという事実も見つかりましたね。

N・K:小学校教員をしていて、退職後ひまわり教室に関わるようになり、村田さんの前回のGSで話しに出ていた『セロ弾きのゴーシュ』を帰ってから見させてもらいました。今回もおもしろそうと思って参加しています。

K・Y:ひまわり教室で読み聞かせを担当しています。今回のちらしを見て、いいなと思って参加しました。

R・S:私もひまわりの指導者であり、前回の村田さんのGSにも参加しました。その時の、「ウイルスは生命体ではない」というのに驚き、今日も楽しみにしています。

E・K:以前、市役所で女性相談員(カウンセラー)をしていました。今は美山町に住んでいてひとりぐらしをしています。ひまわりにも時々関わっています。自分の居るところには、虫・葉っぱ・木などがあり、地面の中にいる生きものもいますが、このごろは何かが変化しているなという感じがします。

H・I:この間までガレリアで仕事をしていました。今は農業をしながら、次にすることを模索中です。田んぼも獣害(鹿や猪など)が大きいです。新しいウイルスが生まれても不思議ではないと思っています。村田さんのおられるJT生命誌館を訪問し、ウイルスの変化はあるのかなど聞いてみたいと思っています。

S・O:前回も参加しました。JT生命誌館の前館長の中村桂子さんに会いたいなあと思っています。村田さんの小鼓の演奏も楽しみです。私も、昨日からですが、能を始めました。京都観世会館の林さんが指導者です。

M・F:Global Sessionには最初から参加しています。(1999年より) 前回にもありましたが、38億年前に人類が誕生したと聞きましたが、そのころ、ウイルスはいたのかなど興味があります。また、最近古代エジプト展に行ってきましたが、「生きものは海から生まれた」という言葉もあり、村田さんの言われていることと同じだなと思いました。明日はワクチンの接種をします。

児嶋:今回のGSは、1999年に開始して今回は341回目になります。最初は月に一度ではなく、もっとやっていたのですが、大体は月に一度のペースですでにもう、20年以上過ぎました。

亀田(コーディネーター):大津市から参加しています。毎回亀岡に来ていますが、ここには四季があるなあと思います。ツアーガイドが仕事ですが、今は直接の、海外交流ができなくて、メールなどのみにあり残念です。最近、BSテレビでは、いろいろな国の歴史などの特集がありますが、生命体などについても大きな昔の特集も放映されていますね。アマゾンの生命体はまたちがうとか、今はコロナで大変だったけれども、以前にもウイルスはあり、その細菌がどんどん強くなってきているとか。

児嶋:ちょっと付け加えますが、亀岡市には1990年から96年までアメリカ大学日本校のシステム野中の、オクラホマ州立大学京都校(OSU-K)があり、OSU―Kの第1期卒業生が、井尻さんたちです。6期生ほどまでがいます。その後、OSU-Kの校舎は、亀岡国際センターに、そして交流活動センターに変わり、卒業した井尻さんと私は、それ以来ずっと停年までそこで仕事をしていました。2012年にそのセンターの業務はガレリアに吸収され、現在は交流会館として、いろいろな事業が展開されています。その後、OSUの造園建築学科の海外研修プログラムとして亀岡を拠点に毎年アメリカのOSUの学生と先生が来られ、そのガイドやOSUがあり姉妹都市であるオクラホマ州のStillwater市への訪問団体のツアーガイドなどを亀田さんにお願いして来たのです。そのようなつながりがあり、訪問団のひとりとして、藤田宗次さんなども行かれましたね。

村田:(ようやく登場です。)このGSはどんどん話に入ってと言われていますのでどうぞ、入ってくださいね。今日で3回目のお話です。そもそもガレリアのジュニアワールドフェスタという催しで、確か日程の都合で中村桂子前館長の代役を務めたのがご縁の始まりで、その時も私は、子どもとの交流や異文化というテーマに関心があったので喜んで参りました。来てみると、児嶋さんから「JTってたばこをつくる会社でしょう? どうして生命のこととつながるの?」と聞かれ、改めて生命誌の活動をお伝えしたところ関心を持っていただき、胸を撫で下ろしました。フェスタの時は、ヒッポファミリークラブの方もいらして、亀岡の活動に更に関心が深まりました。私は子どもの頃、そのヒッポの前身となったラボパーティという、多言語でいろんな歌や遊びや劇などを楽しむ交流サークルに参加していて、いずれも多言語活動を提唱した榊原陽さんの創設ですね。その頃に体得した、言語とは頭で理解するものでなく、身体ぜんぶで出したり入れたりするものという感覚は、私の中でずっと生きていて、今の仕事にも重なる気がしています。

80年代から90年代にかけて、エデュテイメントという言葉がありました。純粋な娯楽でなくどこかで学習につながるようなコンテンツの市場というものが成立してきたのですが、私はそうした多ジャンルの映像やPCソフト(今のようにNetは普及していませんでした)、更には教材テキストを編集、制作する仕事をしており、1993年に創立した生命誌研究館の展示映像の仕事を受注したことが、今につながりました。中村桂子館長が提唱する生命誌研究館という構想に驚き、関心をもって仕事をしているうちに館のメンバーとなる機会があり、今は「表現を通して生きものを考えるセクター」のチーフとして、若いスタッフと一緒に、生きもの研究の面白さをみなさんに伝える展示や映像やネット、催しなどに携わっています。

今日のタイトルは、「謡曲『胡蝶』と生命誌研究館の食草園企画展」です。研究館の屋上に、チョウが花の蜜を吸い、その幼虫が食べる葉を茂らす花壇があり、これを食草園と呼んでいます。チョウのためのレストラン、英語では” nursery for butterfly”です。チョウは種によって幼虫の食べる植物が決まっています。利用する植物を棲み分けているのです。どのような進化過程を経てこのような昆虫と植物の関係が生まれてきたのかを探る館内の研究を紹介する庭ですが、この食草園を糸口にさまざまな昆虫と植物の関わりを考える企画展示を現在準備中で、今日はそのエピソードを通して、最近の研究館の表現についてお話しさせていただきます。「胡蝶」はちょうど今、私が能の小鼓でお稽古している課題曲です。研究館の課題と能の課題とが、偶然にも重なって私の中では一体化しているので、今日はそんなお話しです。

研究館の表現では、生きもの研究(科学)を伝えることになりますが、基本は、「言葉」だとつくづく思います。国によって異なる人間の言葉も、生きものの多様化のように、それぞれの気候や風土に培われたものですね。言葉には書き言葉(written)と話し言葉(spoken)とありますが、私はオーラル(oral)な言葉に強く惹かれます。

<声>、<自ら発する言葉>には力があります。<声>というものが<文化>の原点かと思います。「古事記」の成立過程がそうですね。稗田阿礼が誦習した口承の歴史物語を太安万侶が筆録し、それが後の世に伝えられた。今、家では10歳、5歳、2歳の男児がわいわいやっていますが、この子たちの発達を見ていても、自分から言う(能動的な主体として声や言葉を発する)ということが、自ら周囲を(大げさに言えば世界を)変えていくとわかってやっていますね。そういう発露によって前のめりに言葉を獲得していく、毎日、見ていて面白いです。

「百蝶図」円山応挙

これから企画展「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」のお話に入りますが、話の枕に一枚の絵を、これは江戸時代の円山応挙の「百蝶図」です。以前、生命誌の本でも紹介したものですが、応挙は「写生」、「生き写す」ということを追求した絵師で、本当に自然をよく観察していることがわかります。ここに描かれた蝶はもちろん、植物も、蝶と縁の深い食草がたくさん描かれています。

「応挙は亀岡の人ですよ」と声がかかりました。「ええっ?」「知らなかったのですか?ええっ?」

※続いて、謡曲「胡蝶」の紹介とその一部の謡と小鼓の実演。

※「胡蝶」は、旅僧の前に現れた蝶の霊魂が梅の花に縁のないことを嘆き、歌い舞う曲。

※「胡蝶」演奏に続き、食草園の植物と、蝶の動画を見ながら、蝶と食草の縁の話し。

食草園の吸蜜植物はランタナやアザミが蝶に人気です。食草は、どれも皆さんよくご存知の植物です。ススキはセセリチョウ、萩やネムノキはキチョウ、シロツメクサやレンゲはモンキチョウ、スミレ、ギシギシ、カタバミ、カラムシ他にも、皆、蝶にとっては大事な食草です。

季刊「生命誌」105号の表紙は、食草園で卵を産むジャコウアゲハ、葉はウマノスズクサです。106号の表紙は、チョウと食草のネットワーク図。インターネットで公開しています。チョウと食草の関係を調べることができますよ。チョウと食草という関係の他にも、昆虫は様々な形で植物を利用します。そして植物も黙って利用されているわけでなく、色や匂いで昆虫を誘い利用しています。企画展「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」は、館の研究と最近の季刊誌で取材した昆虫と植物の関わりを探る研究を集めて、両者の果てしないせめぎ合いの世界を描きます。今日のお話しの色々なトピックスは、HPでも読める以下の季刊誌に詳細があります。話を思い出しながら、更に深く記事を楽しんでいただけましたら幸いです。そして研究館にも、是非是非ご来館ください。7月から日曜日も開館しています。

※当日ご紹介した資料です(HPでご覧になれます)。

●季刊生命誌105号:https://www.brh.co.jp/publication/journal/105/

・「自然と人工の調和する場」大倉源次郎(能楽囃子方大倉流16世宗家)×中村桂子

・「昼と夜を分けた鱗翅目昆虫の進化」河原章人(フロリダ大学)

・「植物の遺伝子を巧みに操る虫こぶ形成のしくみ」平野朋子(京都府立大学)

●季刊生命誌106号:https://www.brh.co.jp/publication/journal/106/

・「風土に染まる蟲と言葉」奥本大三郎(ファーブル昆虫館)×永田和宏

・「ナミアゲハの生活を支える視覚情報」木下充代(総合研究大学院大学)

・「植物の匂いが結ぶ植食者と寄生バチの関係」塩尻かおり(龍谷大学農学部)

●企画展「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」7/3 〜 11/28

グローバルセッション開始

児嶋:最近、テレビの番組で、鳥たちがそれぞれの鳴き方をしながら、緊急事態の場合は、相互に理解できるようで、四十雀が「はげたかが飛んで来るぞ。あぶない」と叫ぶと、鳩も理解して逃げるとか。それは、互いの鳥の中の多言語を理解できるということを実験で証明したという内容でした。

村田:鳥のコミュニケーションもすごいですね。同種族の個体間で伝達し合うサインを、横から見ている異種にとってもメリットがあればうまく利用する。生きていくためには何でも使っちゃうわけですね。鳥の脳を調べると、私たち哺乳類の脳のような層構造とは違う形で高度な機能分担がされているという研究もありました。

亀田:鳥は、人間を覚えてしまうようで、よく襲われる人は、そのカラスに覚えられてしまっているようです。そして雨の降る日にカラスが電線に並んでいるが、感電はしないようです。マンションの桜の木にカラスが巣を作ったので、市の人に取ってくださいとお願いしたけれど、自然状態の場合は取れないと返答がありました。

M・F:揚羽蝶の生態から、世界をどう見ているのかと興味があります。植物のにおいの意味は?

亀田:科学番組で見ましたが、ウニは海の生きものだけれども、好物はキャベツとか。

村田:それは知りませんでした。ウニとキャベツというのは、自然界では出会わない組み合わせですが、その機会を人間が作ったらたまたま利用できた。そうした例は他にもありますね。因みにキャベツを私たちが積極的に食用とするようになったのは、日本では近代以降で、江戸時代には観賞用だったようですね。

植物の匂いということでは、今日、ご紹介した塩尻先生の研究で、葉をかじられたキャベツが、かじった芋虫の天敵のハチを呼ぶ時に、芋虫の種によってかじり方が違うんだそうで、キャベツはかじられ方の違いに応じて、発する匂い(化合物のブレンド)を変えて、芋虫の種に応じた天敵の蜂を呼ぶんだそうです。驚きですよね。

N・K: 人間にもいろいろな性格の人がいますが、鳥やちょうちょもいろいろな性格があるんどえはないでしょうか?40年間亀岡に住んでいますが、自宅には毎年、ツバメが巣を作りにきます。それを見ていると、真面目で勤勉なツバメと不真面目なのがいるのではと思えます。子どもが卵からかえると、ツバメは、年に2回子育てをするのですが、餌を親が持ってきてやらなければなりません。ここ10年くらい、ふまじめなつがいが続いて自宅に来ていて、子どもが巣から落ちたり、もう一羽が来てけんかしたり、それを見ていると、ツバメもいろいろな個体がいるのだと感じました。

大槻:科学が最近は発達しすぎていますが、生命体はこれから、どこへ進んでいくのでしょうか?

村田:例えば、ある生きものが持つ遺伝情報に人間が手を加えて、その生きものが本来持っていなかった特徴を持たせる、というようなことをやっているわけです。植物に対して、動物に対して、さらにはヒトに対しても技術的にはそれができる。遺伝情報が変化するということ自体は、自然な現象です。しかし、遺伝情報に対する人間の目的的操作がどのような影響を及ぼすのか。いずれも生態系への影響、倫理面などの十分な検討が必要だとされています。

  ウイルスは、寄生した他の生物の細胞の働きを利用して増殖します。自己複製できないので「生きもの」とは言えないとされますが、地球上で多様な生物と関係し共存している。38億年前の生命誕生からずっとウイルスも続いているわけです。ウイルスの遺伝情報は少なく、増殖も速いので、変異型もいろいろ出てきます。ウイルスは寄生する、宿主あっての寄生者なので、あんまり強くなって宿主が滅んでしまってはウイルスも困る。ここにも今日のテーマの「かけひき」があるわけです。

児嶋:朝に歩きながら、空を見上げて、「鳥はなぜとべるのだろうか」などと考えています。

セッション終了

児嶋:これでセッションがおわりというわけではなく、感想を児嶋までお送りください。レポートをもちろん書きますし、ゲストの村田さんにもお送りします。できるだけ忘れないうちに、1週間後の6月20日ころまでにお願いします。

感想集

K・Yさん:「多彩な顔を(息子さん達の父親としての様子も・・)見せて頂き、楽しく受講させて頂きました。小鼓と張りのある通る声に圧倒されました。そしてお話は面白く、あっと言う間に1時間半は過ぎてしまいました。蝶々は、家の小さな庭に良く来ていました。ヒラヒラと自由に飛び回っているだけ、と見ていた蝶々の動きの一つひとつに意味があり、今まで知らなかった豊かな世界に繋がっているのだと感動しました。また、憧れの絵師、円山応挙の「百蝶図」の説明も納得がいき、図を静かにじっくりと観たいと思っています。村田さんが、応挙が亀岡の出である事を知られた時の驚きを、嬉しい思いで見ていました。今後機会をみつけて「JT生命誌研究館」を訪れたくなり、また頂いた本「生命誌の思い」をチョイスしながら、読んでいこうと思っています。「虫こぶ」について興味がわき、もう少し知りたい思いもありましたが、とても良い勉強が出来たと嬉しく思っています。ありがとうございました。」

S・Oさん:「生命を物語るとは、壮大である。というのが正直な感想でした。ミクロ(蝶や蜂などの世界)とマクロ(脈々と受け継がれてきた、生き物それぞれ)の両方に思いをはせることだと。人間の見えている世界など高々知れていて、蝶はどう世界を見ているか、そこに意識を向けるだけでも、命そのものに対して愛らしく思えてきます。まだまだ科学で説明がつかないことが多々あるから、世界は面白いと言える。今回も沢山の示唆を頂きました。また、生命誌の思い、なる書は抜群です。面白すぎます。中田力先生、大橋力先生、そして敬愛する松岡正剛さんもあって、ドキドキしながら読んでおります。本当にありがとうございました。」

I・Hさん:「蝶の研究をされている村田さんのところで、以前に教えていただいた「蝶は前足で葉の味見をして、卵を産み付けるべき木を選んでいる」というのに驚きました。

今回は、今まで気にしていなかった「蝶と蛾の違い」に納得しました。蝶は昼間の虫で、蛾は夜の虫であることや、蛾はコウモリのように超音波が出せると言うことに驚きました。

また、虫こぶのことも知りませんでした。そのようなこぶは見たことはありましたが、単なる病気だと思っていました。ほかの生物と共生して生きる力を持つ昆虫は、なかなかしたたかですね。人間も同じように人や自然と共生をしなければうまく生きていけないのだと思いました。」

T・Mさん:「6月のGSでは、素敵な時間をありがとうございました。保津浜TERRACEの松井です。元々、命や、世界全体の関係性などに、日常の環境として興味があります。個々のテーマを、科学として掘り下げる能力は無いのですが、多くの命が集まる環境が、自分の命、人生とどのようにつながっているのか?という肌感覚の興味です。飽き性の私が、35年ほど建築を続けてこれているのも、人の日常の生活の場としての空間に、様々な時空をつなげていく力のようなものを感じるからかも知れません。自然と、関係性、多様性へと興味が向かいます。様々なことを、単純化してわかりやすくすることに違和感があり複雑な状態の中に、何かを発見することに喜びを感じたりもします。ただ、よく理解していただきにくいのが難点です。幼少の頃、亀岡の原っぱの茂みの中で、一日中、虫を追いかけていました。一見、均質で一つながりに見える場所に、様々な居場所が多様な生き物と共にあるという感覚が、肌に合います。お越しいただいた、保津浜TERRACEは、初めて自分達のために作った空間であり、そのあたりが、かなり純粋に出ているのではと思っています。

自然の多様なフィールドの中での、昆虫と植物の関係性、騙し合い。それらが織り込まれた生態系の豊饒さにつながる具体のイメージに、奥深さを感じました。また、いただいた「生命誌の想い」拝読致しました。生命とは何か? なぜ生命というものは生まれたのか? その発生に必要性はあったのか?現在の私たちが生きる世界・宇宙が、現象として、どのような状態にあるか?ということは、様々な観察や研究からなんとなくはわかる気はします。でも、なぜそのようなことになったのか?なっているのか?という根本の疑問の答えには長年、出会っていません。ひょっとしたら、この本のどこかに・・一気に読ませていただきました。一番、興味の感覚に近かったのは、佐藤勝彦先生との対話でしょうか。小さなものが一気に広がる時のゆらぎが、様々な多様な生命を生み出し続ける源。でも、それなら、それらを包み込み込む宇宙は、なぜ・・と考えてしまう自分がいます。  そこに特別な意味は無く、多くの多様な状況の中のひとつ。そこに意味を求めるのは、ナンセンスで不可能。不思議としてあるべきだ。という、いつもの場所に戻った感じでもあります。きっと、目の前の日常に起こることと対峙していくしかない。

テラスの2階から亀岡の山河をながめ、そこに村田先生の鼓の音を響かせながら・・」

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