2020年8月22日(土)第332回グローバル・セッション・レポート「映画『The true cost』ファストファッション~真の代償」

コンテント

開催日:2020年8月22日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階会議室
ゲストスピーカー:濱田雅子さん(オンラインにて)
コーディネーター:児嶋きよみ
参加者:11名

 今回のタイトル:映画『The true cost』ファストファッション~真の代償

今回、ゲストスピーカーの濱田さんは、ご自宅よりオンラインで参加して頂きました。

参加者の感想

E・Tさん
私は、服が大好きで、ファストファッションをよく着ます。ユニクロやZARAのような服が、労働問題や環境問題に大きく関わっている事を初めて知り、ショックを受けました。

 しかし、ショックを受けたとはいえ、服が好きという事に変わりはなく、これからも服を買っていきたいと考えます。

今後、服を買う時は、様々な人の苦労や犠牲があって服が存在している事を忘れずに買いたいと思います。また、話が脱線しますが、今の自分があるのは、多くの人のおかげで今の自分が存在しているのだと改めて感じました。

 転職して年間休日が少ないのですが、多くの方と関わり、“知の探求”を続けます。本日はありがとうございました。

S・Oさん
Consumption はファッション業界だけで起こっている事では、問題ではありません。

食の分野だって、住まいの事だって、人間の根元に関わる全てに関わっています。

早く、安くっていう価値観を追い求める以上、もうそこにはもっともっと、という価値観や思考しか湧いてきません。

だから、今の現代人は頭でっかちなんです。

ああして、一枚のT-shirts が生まれるにもどれだけの血や汗が流れているのか、この値段が生み出される、その背後の流れや、人の営みに如何に想いを馳せれるか。

現代人は、そういった意味で『想像性』を多大に失っているのではないだろうか?

もっともっと幸せになりたい、便利になりたい、それはあって当然、しかるべき事なんですが、それと同等に『失っているものの代償』を考えるべきなんだという事。

お金は、トレードの一つのツール。

そして、我々一消費者にも、それに加担する、応援する権限が与えられているという事を改めて考えなければいけない時代である。

複合的に絡んでいる、一つ一つの今起こっている事に、改めて気づきを持つ事。知る事。

思いを馳せる深度を深める事、そんなことが大事になってくるのではないだろうか。

H・Iさん
安く入れて高く売るのが商売の基本ですが、安く入れすぎると作っている人がこまる。高く売ると買う人が困る。買う人を敵に回すわけには行かないので、作る人に負担をかけてきたと言うことがよくわかりました。

本来生産コストに入れなければならない「危険」「環境破壊」などまで作る人に押し付けて、自分の純利益の計算に入れない。反対すれば、このビジネスがなければ、作る側が稼げなくて困ると言うロジックに誘導する。

経済を衰退させるわけには行かないとか、経済を止めては国民の生活が回らなくなるとか、最近よく聞く言葉ですが、本当にそうなのか疑問に思います。

グローバル資本主義(マーケット)が正しいという思想の押しつけで、命の危険にさらされる人がいるのは絶対におかしい。マーケット主義の暴走を止められる社会システムを考えないといけないと思います。

自分たちのお金を増やすことに必死な資本家たちのビジネスのために、自分たちが生きるために必死な人たちが命をすり減らしていると言うことが、私たち全員が簡単に安くものを手に入れられる「真の代償」なのだと思いました。

A・Oさん
ファストファッションを考えるきっかけをいただき、どうもありがとうございました。

バングラデシュのラナ・プラザ崩壊事故を新聞で知ったとき、こんな労働環境で私たちが着ている衣類が作られていたとは、と衝撃をおぼえ、不明を恥じました。

「服は私たちの血でできている」。見せていただいたドキュメンタリー映画「ザ・トゥルー・コスト」で現地の女性が語った言葉も心に刺さりました。

私たちの生活は、どこかの誰かの人間としてのまっとうな暮らしや環境を犠牲にして成り立っていないだろうか。そう問う大切さをあらためて実感しました。

縫製の現場は今やほぼ海外にあり、遠くでの事故を通じて搾取が明らかになりましたが、技能実習生を「安価な労働力」として使う国内にも搾取の構造があると感じます。

機械・金属などの町工場、建設現場、高齢者施設、農業・漁業分野、国内に残った縫製工場では技能実習生は今や欠かせない存在です。カンボジア人が鶏の世話をして卵を洗浄し、ベトナム人がコンビニやスーパーに並ぶおにぎり、惣菜の製造に携わる。

でも、技能実習生にはコロナ禍に伴う特例を除き転職の自由はありませんし、平均賃金は同世代の日本人の6割強。事故による死者や自殺者が異常に多いことも問題視されています。昨年、京都市内の建設現場で安全確保が徹底されず転落死した21歳の男性もベトナムからの技能実習生でした。

衣にとどまらず日本での生活全般が搾取の上に成り立っていないか、問わなければいけないと思っています。

では、ファストファッションをめぐる現状はどうすれば変えられるのか。

まずは製造過程を知ること、知ろうとすること、でしょうか。でも、買おうとする人がもの一つ一つについて製造過程を探るのは難しいのも事実です。

なぜそれなりの値がついているのかを知る術がなければ、安い方を選ぶのは当然の消費者心理とも思います。

 食に関しては消費者の安全確保や海洋資源保護のための認証制度、トレーサビリティー制度があり、人と社会、環境に配慮したエシカル消費が進む基盤ともなっています。

衣についても、児童労働や低賃金労働がなく環境に配慮して製造されていることを認証する制度をもっと広げられないものでしょうか。そうした認証が欧米に比べてとりわけ日本で広がらないのはなぜとお考えでしょうか。

もう一つは素朴な感想です。

折しもグローバルセッション前日、曾祖母と祖母の着物を箱詰めし、バザー用品としてある団体へ発送したところでした。

コロナ禍で自治体による古着のリサイクルは着物を含めて全国的にほぼストップ。春から大半はごみに回っているそうですが、着物をごみにしたくはないと考えてのことでした。

日本の美意識が詰まった着物を手放すために畳み直す私がまとうのは、インド製の安いワンピース。インド製だから悪い訳では決してなく、気に入っていて色褪せてなお着ている服です。

それでも気づいたとき、噴き出してしまいました。グローバル社会で選択肢が増えたのはありがたいけれど、何とも妙な光景だなあ、と。

私は機織りの音が響く西陣、衣類の産地で中高生時代を過ごしました。

着物の暮らしはしていませんでしたが、祖父母の日常着は着物で、生産も消費も近くで回っていました。

でも、衣類に関しては地産地消は今や夢物語。

お話を伺い、映画を見せていただきながら、グローバル社会に小さなため息をつきました。モノも人も国境を越えて動く時代は複雑で難しく、遠くの誰かへの想像力が求められるようになったなあ、と。

K・Yさん
あまり参加出きないのですが、服飾の歴史の時もそうでしたが、参加のたびに濱田先生の講座は、衝撃を受けます。

今回のファーストファションの布の裏にある生産、製造を担っている人々の苦しみ、地球の汚染の現状を知って暗澹たる気持ちになってしまいました。

映画で見た、川が泡で溢れている光景、小型飛行機が低空で農薬を撒いている光景等、私もこの地で過去に目にした事があります。現在では改善されただけではなく、貧しい国に移動していた現実を知り悲しくなりました。

年齢的にも、衣服を買う機会も少なくなりました。その上、児嶋さんが勧めて下さるリユースを多いに利用させて頂いています。

最近一回生の孫娘が、ファションのお店のアルバイトを始めたばかりで、張り切っています。今のタイミングでは、ファーストファションの現実を今少し話さないでおこうと思っています。

R・Sさん
先日は、ありがとうございました。

かつて、劣悪な労働条件の下でファストファッションの製造に従事するカンボジアの人々の記事を見たことがあり、関心のある問題でした。

今回、濱田先生のお話をお聞きし、映画を拝見して、私たちの身近にある洋服がどのように作られているのか、改めて分かりました。

安価な値段の背景に、低賃金と環境破壊があり、そのことがもたらしている代償(ザ・トゥルーコスト)は、とてつもなく大きい。

ファストファッションが成り立つことへの責任が、私たち消費者にもあることを一人でも多くの人が知ることが大切だと思います。

そのことを知って商品を選ぶ力・購入から廃棄までを見通す力が求められていると感じました。

zoomで感想をお伝えし、先生からコメントをいただけたのも良かったです。

リモートでもコミュニケーションが成立し、充実したSession

に参加させていただき、ありがとうございました。」

M・Fさん
今回の服飾文化シリーズはとっても良かったです。

「The true cost」で見た映像は、今まで何も考えずに買っていた衣類の原料の多くは、綿栽培時から大量の化学薬品を使って生産され、環境汚染を冒しているのは全く知りませんでした。しかも生産性を上げるため、低賃金で長時間の労働を余儀なくされ、その上に科学薬品によって侵される自分を省みず仕事に励んでいる。そのような様子には、心が痛みました。

これから衣服を買う折は、この映画を思いだして慎重に選んで、できるだけオーガニック製にしたいと思います。

濱田先生には有難うございました。これからも私の知識の及ばないところをご教示お願いします。

H・Kさん
映画「ザ・トゥルーコスト」  を鑑賞して、アパレル企業の現在の驕りと代償、特に労働者の意欲と信頼を失っている。もう少し労働者に敬意をはらう必要があると思います。

衣服の製造にかかわる人たちの劣悪な労働環境、低賃金長時間労働、多量の使用科学薬品の使われ、環境汚染( 使用水の汚染、農業用水、農作物を食べた人たちの健康は、損なわれ、多くの先天性の重度の麻痺や奇形がでている。日本で言う 水俣病のようです。

遺伝子組換えコットン(細菌由来の殺虫性毒素が組みこまれた(Bt 綿)、Co2の量の排出など。オーガニック・コットンは、身体にやさしく、テキサスでは見直されています。

今,多くのアパレル企業が、(ユニク無印、H,M etc,)   東南アジア、中国、ベトナム、カンボジア、バングラデシュ、タイなどの国の工場生産しているが、労働者の賃金が安い、長時間労働、例悪な労働環境などで、問題になっていることが多い、特に最低賃金を払わない企業もあり、生活に困っている従業員もお多い、最低モラルは、企業は、責任を持たなければならない。

従業員あっての企業であることを自覚しないと会社は、信頼を失い。良くならないと思います。他国の労働者に頼っているので、大切にしないといけないです。

  濵田様大変勉強になりました。これからファッション産業は、どのように変化していくのか? 

楽しみにしています。 

2020年7月25日(土)第331回グローバル・セッション・レポート「How corona affects our daily life」(コロナ禍がいかに日常生活に影響を及ぼしているか)

コンテント

開催日:2020年7月25日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階会議室
ゲストスピーカー:エニ・レスタリさん(インドネシア出身・インドネシア語講師)
コーディネーター:亀田博さん(大津市在住・ツアーガイド)
参加者:7名

 今回のタイトル:How corona affects our daily life
(コロナ禍がいかに日常生活に影響を及ぼしているか)

参加者の自己紹介

Sくん:高校2年の17歳です。児嶋きよみさんは、祖母です。

Uさん:京都新聞の記者です。取材をよろしくお願いします。

Iさん:ネイティブカメオカンです。少人数の参加者と聞いて、これは参加しなければと思って参加しました。(ひまわり教室の指導者)

Fさん:ようやくビジネスができてうれしいです。でもコロナも増えていますが。NPO京都映画クラブを主宰していて、今年は今までに3コのイベントを予定していましたが、すべてキャンセルになりました。子どもたちに映画作りを教えるカルチャー講座や、京都映画フェスティバルも、映画村体験なども春にはまったくできませんでした。

Mさん:高槻にあるJT生命誌研究館のスタッフです。春はコロナで閉館していたのが、最近は人数制限をしながら、予約したグループの参観を受け付けています。(昨年のジュニアワールドフェスタのゲストとしてガレリアでお話をされました。また、2020年2月にはGlobal Sessionでのゲストに来ていただきました。)

児嶋きよみ:このGlobal Sessionは、亀岡交流活動センターで1999年に始まり、2011年に私の退職後は、オフィス・コン・ジュントとして主宰をしています。毎月1回開催し、今回は331回目です。2020年3月・4月・5月は残念ながら開催ができなかったのですが、6月から再び開催できてとてもうれしいです。少人数の参加者でのセッションが目的で、約束ごととして、「だまって聞いているだけでもいい」「「コーディネーターがいますが、当てることはしない」「どこから対話に入ってきてもよい」があります。

グローバル・セッション開始

亀田(コーディネーター:以後Cと記す):では、エニさん、簡単に自己紹介から始めてください。

エニ:少し遅れて着いてすみません。京都市内から亀岡への道がすごく渋滞していました。インドネシア出身で、日本に住んで20年間ほどになります。1993年に(考古学)研究者として来日し、いったん帰国し、1996年に再来日して京都市民になりました。今はフリーランスのインドネシア語講師として大学などで教えています。一人息子がいて、その子が今年大学に入学しました。

亀田(C):では、少しずつ書かれたエッセーを読んでもらって進めていきましょう。

エニ:読む(児嶋訳の1)「コロナ禍の中、息子さんの大学入学後の住むところを探して毎日のように、京都・大阪間を電車やバスで行き来していた。その時、毎日マスクを購入するために近所のコンビニに朝の5時から並んだりした。その後、マスクはオンラインでの購入に切り替えた。」

エニ:毎日の生活に大きな影響を受けましたね。

亀田(C):マスクの話もありましたが、最初は高いし、少なかったですね。インターネットで購入もできるようになったのですが、「アベノマスク」も届くのが遅かったですしね。

エニ:(正面にマスクの映像が映される)ネットで購入した数は相当多く、アベノマスクは、その下にあるちょっとでまだ、開封していません。家族は夫の母も入れて4人なので、かなりの数のマスクが必要です。

エニ:読む(児嶋訳の2と3)2「stay home」と政府が言い出してからは、大学の講義がオンラインになり、大学に行かなくてよくなった。しかし、それぞれの大学により、オンラインのシステムが違うので、その方法を理解するまで1ヶ月ほど時間がかかった。学生の側もコンピューターを持たない学生は、携帯でやりとりし、文字が小さすぎるなどいろいろな問題があった。」

3.「夫も家でのテレワークになり、自宅は、オフィスであり、教室になった。息子も自宅で大学の授業をオンラインで受けはじめるようになった。」

M:私も長い間、テレワークを家でしていましたが、その周りに子ども達が飛び回り、大変でした。

F:オンラインで教えておられたと思いますが、通常とオンラインでのやり方とちがいがあると思いますが、慣れましたか?

エニ:4つの大学で教えていますが、それぞれに求める方法がちがい、オンラインの使い方もいろいろですが、例えばZOOMで自分が学生にコンタクトを求めると、無料時間は40分間だけです。それで、90分の指定の授業時間を続けるためには、40分で一回切り、再度つないでもう一回の40分間の授業をする方法をとらなければだめでした。他の方法で大学主催の講義もありますが、人数制限が9人とかで、それ以上になると、もう一回べつの時間に別の学生に対応しなければならないとか。

エニ:読む(日本語訳の4)「インドネシア出身の京都近辺に在住の方達のコロナ禍での生活が気がかりだった。やはり言葉にも不自由しているインドネシア人のコミュ二ティ住民も多く、コロナにかかった場合の医療機関への心配もおこっていた。私は、そのケースごとにちがいがあることを説明すると、皆、おちついて来たようだ。」

エニ:インドネシア領事館も積極的に関わりを持ってくれて、インドネシアの歌をインドネシアに在住の友人と時差を考えながらオンラインでいっしょに歌ったこともあります。

児嶋:シリア出身の知り合いの方がひまわり教室に子どもさんを連れてきて、子どもの勉強を見てもらっている間にシリア在住の姉と国際電話のラインのようなシステム(無料)を使い、1時間ほど電話をしていました。ちょうどシリアの午後1:00が日本時間の午後6:00なのだそうです。(ひまわり教室は、午後6:00~8:00)

エニ:インドネシアにも無料の電話システムがあります。インドネシアとの時差は2時間ですが。東京の老人ホームで仕事をしている友人がいて、少し熱があったら、PCR検査をするように言われたが、もし、陽性だったら、SNSなどで広まるのではないかとパニックになっていました。その友人には、この日本に20年間住んでいるが、その対応に差別はないと答えると安心しました。

その他にも日本に留学している学生たちも不安になっていました。留学生と言ってもいろいろあり、文科省からの奨学金をもらっている学生のいれば、日本語学校に通いながら、決まった時間以内でのアルバイトをしなければやっていけない学生もいます。コロナでそのバイトも無くなった学生もたくさんいるようなので、まず、コミュニティでは、募金活動を始めました。また、インドネシア政府も学生たちにアンケートを取り、必要な物資として、マスクや米、さとう、油などを用意し、毎日の食材も配布する事業もありました。大使館からは、まず、マスクが配布されました。

また、SNSでうわさを広めた人を割り出し、コミュニティから学生代表にその内容を除去するよう要請もしました。

児嶋:以前に、エニさんが質問をされていたと思うのですが、4月1日などの決まった日より3ヶ月前に日本に滞在していなければ、特別給付金の10万円がもらえないという誤解がありましたね。3ヶ月の観光ビザでは無く、学生ビザや就労ビザは3ヶ月以上の滞在を認めているので、全員がもらえるということを認識するまで結構時間がかかったようですね。その後、支給について、外国につながる人たちとつながりのある知人から聞いたのですが、特別給付金としてもらった10万円は、多くの留学生や就学や就労している人たちは、母国に送金し、たいへん喜ばれたとか。

エニ:このお金の支給についても、たくさんの質問がありましたが、日本政府を信じて従えばいいとコミュニティの人たちにSNSで伝えました。

F:この10万円の話もありますが、事業をしていて、このコロナ禍で事業ができなくなった場合に、事業継続の資金として請求する権利もありますね。この場合は100万円ほどもらえるはずです。

エニ:私もフリーランスの講師をしていますが、学生の息子は大阪の大学に入学し、大学に通学するために近くにアパートを借りたのに、オンラインの授業になり、京都の自宅に帰ってきました。でも、何ヶ月も家賃は支払っていますが、その保証はないのでしょうか?

F:家賃そのものの100%の補助はないと思います。ただ、親の収入にもよりますが、家賃×6か月の三分の二がもらえるかもしれません。ただ、賃貸契約書などさまざまな契約書も必要です。

亀田:私もガイドの予約が全部なくなりました。その中で、国によって支援の仕方はいろいろちがいがあるようです。英国では、消費税などを20%から5%に落とすとか。6ヶ月間限定のようですが。中国もいろいろあるようです。インドネシアはどうですか?

エニ:税金は、インドネシアも高いと思います。

児嶋:ニュージーランドに住む日本人の知人が、ずっとこちらに住むつもりだけれど、日本のような年金システムがこちらには無いので、日本の年金だけは払い続けていて、もらえる年齢になったら、日本人としてかけ続けたので、それをもらいたいと思っていると言われたのを覚えています。

F:外国籍の人も年金は支払っていますよね。

亀田:保険のシステムもありますね。

エニ:(読む)「数ヶ月間、必要な洗浄やマスクをつけ、注意をはらってすごしてきた。マスクをすることで、人にもうつさず、また、うつらないように気をつけている。今も見えない敵としてのコロナと共存しようと試みている。」
(映像でアルコール消毒液を映す)
車の中にアルコール消毒液もおいてあるのですが、このアルコールの表面には、ムスリムのハラルマークが書いてあります。イスラム教徒(ムスリム)は、アルコールを飲まないので、消毒にも使わないはずですが。ジェルタイプの消毒剤もあるのですが、息子がジェルタイプがきらいなので、このアルコールを使っています。イスラム教徒といっても、私はもとは、ジャワ島出身なので、ジャワ文化の方が強く残っているのです。ジャワ文化ではおそなえもあり、亡くなった方へお供えをし、40日に法事のようなこともしています。イスラム教ではその文化はないのですが。

それと、インドネシア人はパスポートなどにも宗教の名を申告する法律があります。

F:ムスリムの方は、一日5回のお祈りをすると言われていますね。

エニ:頭の中で時間を設定してお祈りをします。インドネシアは日本のようなはっきりとした四季がないので、あまり時間に変わりはないのですが。朝・昼・昼・夕方・夜の五回です。例えば、今は、朝の3:22・昼12:03・昼15:50・夕方19:07・夜20:39になります。夕方にお祈りの後で、ごはんを食べ、その後、夜に最後のお祈り時間になります。

児嶋:エニさんの言語はどのような順で学習しましたか?

エニ:まず、ジャワ語で、インドネシア語(共通後)、英語、そして日本語を学びました。日本語は、1995年からです。その中で一番好きなことばは、「もったいない」です。お菓子なども日本ではきれいにパッキングしてあるし、それもはずしたら捨てるのはもったいないなあと思います。他の国の人はほとんどシャワーですが日本人はお風呂に入ると思いますが、それももったいないかと。きれいになりますが。

インドネシアと日本の文化のちがいはいろいろありますが、その中でインドネシア人は「ソーシャルディスタンス」を取るのがとても苦手です。ぴったりくっつきたいのです。

さて、12:30になってしまいました。時間です。(グローバルセッション終了)

2020年6月6日(土)第330回グローバル・セッション・レポート「私の歩み(日本語)」

コンテント

開催日:2020年6月6日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階会議室
ゲストスピーカー:品田井サフワンさん(シリア出身・会社員)
コーディネーター:児嶋きよみさん
参加者:21名

 今回のタイトル:私の歩み(日本語)

グローバルセッション開始

今回は、サフィさんのお話がいちおう終わってから自己紹介を始めました。

事前配布資料にに書かれた内容を段落ごとにサフィさんに読んでもらいながら始まりました。

サフィさん:今回のGlobal Sessionでの使う言語をどうしようかと考えていました。英語でも良かったのですが、みなさんとの共通言語は日本語なので、日本語がいいかと思い、日本語で書き、話をします。私は、英語、アラビア語、スペイン語、大分弁も話します。名前は、サフワン・ヒンダウイと言いますが、ニックネームはサフィです。聞きたいことがあれば、いつでも私の話を止めて、聞いてください。「自分について」と言っても今までに経験してきたことだけですが。

1978年に生まれ、2001年に日本に来ました。それまでの23年間は、シリアにいて、その後日本に来てからも20年間ほど過ぎました。Open book(かくすことなく)で、これから話していきます。

児島(コーヂネーター:C):GSの事前配布資料をみなさんに送り、読んできていただいているのですが、忘れていることもあり、いつも最初に切りながら、ゲストにコメントを読んでいただいて、お話をすることにしています。読んでいただけますか?

サフィさん:シリアでは、誕生日を申請するときに、実際とはちがう場合が多いです。私も、証明書などでは、8月25日となっていますが、実際には、7月24日らしいです。ご存じかもしれませんが、ニュースなどに出てくるアレッポという大都市の出身です。父も母も教育者で、父は校長をしたあと、教育委員会にも勤めていました。姉二人も教育者です。日本の大学のAPU(立命館アジア太平洋大学)を卒業しました。日本の大学なんて、授業料は相当高いはずと思っていたので、どこかに留学したいとは思っていましたが、絶対無理と思っていました。ところが、ある機会があり、申し込むと、学費の100%と、生活費も月に5万円も支給されることがわかり、それからは、日本への留学に向け集中するようになりました。このときの奨学金も今は母国とのかけはしになることで活かしたいと思っています。この大学では「Sustainable Tourism」という、「楽しむ観光だけでなく、現地の美しさを保ちながら」のツーリズムの方法について研究をしました。

Fさん:アレッポの大学にも進学されていたようですが、そこから日本に来たのは、個人的な理由ですか?それとも社会的な理由?

サフィさん:実はとてもつらい経験がありました。アレッポの大学では、経営学部に入学しました。経営なんていやだったのですが、卒業するまではがんばらなければとは思っていました。好きな科目は大学でひとりだけ、100点をとったりしていたのですが、きらいな政治・経済の教科は、勉強しないので、1年生の時にはずっとFでした。でも、2年生になり、これでは卒業できないので、他の教科を全部パスしてから勉強しようと思い、試験中も何も書かず、座って窓の外を見ていました。その時、職員が来て「何をしているのか?」と聞かれ、開始後30分を経過していたので、そのまま教室の外に出ました。その後、全体の試験結果の発表の時に、他の教科の中にも私の名前がないのです。理由を聞くと、あの職員が、自分の報告の中で、「カンニングをしていた」と記入したらしく、大学のオフィスで、全部の科目が零点になっていたのです。当時のシリアの大学の雰囲気は、学生の言い分が聞いてもらえる状況ではなく、他の人なら、自殺していたかもしれないような現状でした。そのことがきっかけで、留学を真剣に考えるようになったのです。

Fさん:それでも、ポジティブな考え方を持つことができたのですね。

Oさん:同じ年のOです。シリアは歴史的にも宗教的にも興味があり、探求したいと思っているのですが、メディアなどでは得られないこともあるのではないかと思います。先にサフィさんが言われた内容から、日本へとどういうふうにシフトされたのかと思っていました。

サフィさん:日本に来て19年たちますが、自分でも外から見てみるのと国内でだけみているのとでは、全然見方がちがってくると思います。政治についても、当たり前と思っていたことが、外に出たら、やはり変えるべきだと思うようにもなりました。その点で今、シリアのことを、もし、シリア国内にいたら自分にどう見えるかはわからないですね。今は、「共通点を見つけて、いっしょにがんばる」というふうに変わって来ました。日本国籍も取得しましたが、シリアを変えることができるのであれば貢献したいと思っています。

Oさん:テロリズムをじかに間近に肌で感じられていたと思いますが、どうして戦争をおこすのかなどいつも考えます。

サフィさん:今も日常的に、シリアにいる家族とやりとりしながら国の状況は聞いています。独裁体制やテロリズムも残念ながら存在しています。「自分たちが正しい」と考え、他の人の考えを聞けなくなることもあると思います。私は、考えの違う人は必ず存在するはずだが、どんな考えを持っている人たちとも共存することが大切だと考えています。「こんな考え方もあると」と言うことは続けて行きたいと思っています。きっとどこかでつながるだろうとも考えています。

Nさん:サフィさんの生き方として、外に目を向けてこられましたが、自分の生活中で「留学したい」と思うようになったわけと最初の経済学専攻から、日本で「観光学」に変わったのはなぜですか?

サフィさん:留学したいと思ったのは、アレッポの大学に入る前からです。大きな根拠はないままに、外国に行き、人の生き方をいろいろ体験したいと思っていました。何を勉強するかはわからないままに、好きな分野がコンピューター関係なので、それを使えないかなとは思っていました。でも当時、私には限られた道しかなく、シリアでやりたいことをやらずに、つらいまますごすか、留学してがんばるか、その二つのうちのひとつしかありませんでした。でも、留学は、両親も反対し、まわりの人たちも「日本に行って何をするの?だれもサポートしてくれないよ。きっと失敗して帰って来るよ」などと言っていました。でも、私は、それを無視して行くことにしました。昔の人たちの言い伝えとして、「舟で出発し、着いたらその舟を焼き尽くし、帰れない状況を作り、出発した」というのがあります。同じような状況の中で、安定した生活や問題のない日常を捨て、私に、「失敗するよ」と言った人たちを、見返してやりたいと思っていました。

Iさん:シリアの良い家庭から留学されたのだと思っていました。生きていることは、さまざまな選択の連続ですね。ひまわり教室でサフィさんのご家族といっしょにふれあいをさせてもらっています。サフィさんの子ども時代と今の子どもたちの元気度はどう違いますか?この違いのポイントを突き詰めたら、もっと世界に通じるアイディアというものがあるといえるのではないかと思っていますが。

サフィさん:昔と今の違いは、あいさつですね。挨拶を返さない子ども達が多いです。なぜなのでしょうか?まわりへの心くばりが足りなくなっているのではないでしょうか?20年前に初めて日本に来た頃は、電車の中でも中高生は、年取った人に席をぱっとゆずっていたと思いますが、今は、そのシートに座っていても、携帯を見つめていたり、寝たふりをしたりしてあまり子どもも席を立ちません。
私の子ども時代は、私は、実はとてもシャイな子どもでした。保育園の時もダンスの練習に恥ずかしくて参加出来ずに隠れていました。16歳のころも、父親が何かの申し込みにもついてきて、自分にはやらせませんでした。このような子どもでしたから、留学して最初のころは、ひとりで何もできず、つらかったです。私は、子どもたちには、何でもやらせてみて、彼らが最初は、失敗してもいいと思っています。

自己紹介

サムさん:亀岡市のCIR(国際交流員)をしていて、カナダ出身で、来日して10ヶ月になります。

Kさん:大津市在住で、ガイドの仕事をしています。外国に連れて行ったり、日本に来る人のガイドをしていますが、この4月、5月はほとんどキャンセルで、今年いっぱいは無理ではないかと思っています。コロナ禍のため、飛行機が飛ばないので。今はコロナ禍が中近東で多くなってきているので、気になります。

Yさん:ひまわり教室の指導者で、3月まで教員をしていて、今は千代川小学校で支援をしています。亀岡の日本語教室でも指導をしています。

Hさん:今まで35、6年間仕事をして来て、今は中学校で支援の手伝いをしています。その後5年間、子どもの家で手伝いをしていましたが、最近亀岡に帰ってきました。今後も楽しくやっていきたいです。

Nさん:京都市から来ました。ひまわり教室で、サフィさんの子どもさんといっしょに勉強しています。(大学教員・多言語絵本作りも)

Mさん:保津町に京都市から来て50年目になります。サンガスタジアムの向こうです。ホームステイの話が出ましたが、私たちもホストファミリーとして楽しいつながりを持っています。

Tさん:(絵本作家・ひまわり指導者)ひまわり教室でサフィさんたちと知り合い、シリアの話を聞きたいと思って参加しています。

Sさん:ひまわり教室で指導者。サフィさんたちとは、ひまわり2教室の合同イベントなどで会っています。シリアは今もつらい状況ですが、「橋渡しをしたい」というサフィさんの考えを聞いてすごいなと思っています。

上田記者(京都新聞):1年前に亀岡市の担当になり着任し、ひまわり教室にもおじゃましました。

Nさん:ひまわり教室でサフィさんの子どもさんたちと活動しています。子どもさんたちと外で調べ学習をしたりすると目を輝かせています。日本の道徳教育の中の思いやりやあいさつは大切だと思いますが、シリアでの子どもたちの心の成長はどのようにされているのかも知りたいです。(絵本などはどうですか?)

Iさん:亀岡の原住民として76年間すぎました。先ほどあいさつしても返さない子どもがいるとの話がありましたが、学校や近所では、「不審者に注意」などを呼びかえることも影響していて知らない人に答えないこともあるかもしれないと思います。この学校の長い休みで子どもたちも大きな影響を受けているはずですね。元気になるように、「こら、どあほ」とか、なんとか声掛けが必要かも。また、親がかまいすぎの場合もあります。(ひまわり指導者)

Yさん:ひまわり教室で指導をしていて、この休み中は、サフィさんの子どもさんたちを誘い、ウオーキングにも行きました。 (サフィさん:普段は、あまり歩かず、この日は10kmも歩いたようでぐっすり寝ていました) ホストファミリーの話がありましたが、私もホストをしたことがあります。

Yさん:ひまわり教室の読み聞かせを担当しています。(毎回、いろいろな本を読み、月に3回、年間36回以上、日本やいろいろな国の絵本やかみしばいを読んでもらっています。図書館からまとめて借りられるようです:児嶋)

Yさん:質問ですが、亀岡に住むことを選んだ理由は?

サフィさん:立命館アジア太平洋大学時代の友人がいて、10年以上前から、2年に一回ほど亀岡に訪問していました。卒業後は大きな会社に就職したのですが、家族ができてもっといっしょにすごせる時間が持てる会社はないかと探しているうちにその友人から亀岡の会社の話を聞いて、給料は下がりましたが、定時に帰れるし、大学のあった別府市に似て自然が豊かなので、ここにしようと決めました。語学を使った海外への出張の仕事もあり、楽しんでいます。

Fさん:映画会社で仕事をしていて、今は京都映画クラブという団体で映画の作り方を教えています。このGlobal Sessionは、330回目ですが、できたときから参加していると思います。海外へ旅行に行くとじろじろ見られるので、コミュニケーションを取ればそういうこともないだろうと英語を学び始めたことが参加の理由でした。そのころから、児島さんとも知り合いですね。

Yさん:大学生で初めての参加です。(Yさんの御孫さん)

Sさん:小学校の教員です。今は加配として外国から来た子どもさんの日本語の指導や人権教育を担当しています。ひまわり教室や多文化共生プロジェクトに参加しています。

Oさん:ガレリア3階の市民活動推進センターにいます。90ほどの活動団体のとりまとめをしています。ここには勉強のため参加しています。

Oさん:シリア出身の方と聞き、参加しました。20歳台にニューヨークに留学し、同じような経験があるのではないかと思います。今は40歳台でこれからもいっしょに勉強して行きたいと思っています。今は、グラフィックデザインを下にいろいろな活動をしていて、「地球規模で若者を育てる」ことに興味を持っています。留学したときには、自分の国の文化などを知らないことに気づき、もっと学んでいきたいと思いました。

Iさん:ガレリア職員で、日本語教室なども主宰しています。サフィさんのコメントで、「日本にいるけれども、シリアのことを大事にしたい」という考えがとても印象に残りました。

セッション再開

サフィさん:日本に留学したのは、APU(立命館アジア・太平洋大学)ですが、外国に行ったら先にFさんが言われたように、じろじろ見られると思っていたのですが、この大学はそのように見られず、みんなが多国籍人で、同じような雰囲気でした。

現在でも、「なんでこちらに?」と聞く人もいますし、じろじろ見る人もいますが、笑顔で返すと、友達になります。

私の子どもは今、亀岡の安詳小学校に通っていますが、外国出身の子どもはそんなに多くはないです。ある日、長女が落ち込んでいたので、「どうして?」と聞いたのですが、最初はなかなか答えませんでした。しばらくして、「英語しゃべって。」と言われることがよくあるそうです。彼女は、日本生まれで帰化したので、日本国籍です。母語も日本語です。 「いやだ」と言ってもまた、言われたのでしょう。「英語きらい」とも言っていました。

これを聞いて、親としてどうしたものかと考えました。ひとつは、学校へ行って説明し、なんとかしてもらう方法があります。もう一つは、他人とちがうことを自分にとって、プラスと考えるという方法があります。それを聞いて、長女の心は変化したようです。ポジティブな自己中心主義かもしれませんね。

このように、難しいことも、自分からそれに向かって近づいた方がうまく行くと思います。この後、映像で、シリア料理、シリアの世界地図や日本の世界地図などをお見せします。

どこの国も、世界の地図には、自国が一番真ん中に置かれます。シリアの世界地図では日本は、東の端っこにあります。日本の地図でもそうですね。なかなか中東は出てきません。

時間になり、セッションは終了

児嶋:また、続きをサフィさんに来ていただき、話していただこうと思っています。

2018年7月21日(土)第311回グローバル・セッション・レポート「京都に住む国際児の課題と研究」

コンテント

開催日:2018年7月21日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階会議室
ゲストスピーカー:崎ミチさん(同志社女子大教員)
コーディネーター:佐治佳代さん
参加者:6名

 今回のタイトル:京都に住む国際児の課題と研究

自己紹介

佐治佳代さん:アニーと呼んでください。京都市西京区に住んでいます。子どもたちに英語を教えています。インタナショナルスクール(幼稚園~高校)を作るのが夢です。

Nさん:GSは2回目の参加です。京都市左京区に住んでいます。関東から京都に来て4年目です。2年前に講座で清田淳子先生のあとをひきついで外国につながる子どもに関する講師をして以来、亀岡に何度も来ています。

Yさん:亀岡に住んでいて南丹市の学校の教員をしています。GSは初めての参加です。外国につながる子どもと保護者の学習支援教室のひまわり教室で指導をしています。

Tさん:宇治市に住んでいて、自衛隊員です。家は京都市右京区の京北町です。GSは何度も参加しています。学園大学の卒業生で、今もOB会などで何度も亀岡に来ています。

児嶋きよみ:今回はGlobal Sessionの311回目です。

崎ミチさん:カナダ出身の日系4代目になります。日本に来て22年目です。

Global Sessionのゲストとしては、2回目です。同志社女子大学の今出川キャンパスで、英語の教員としてIntercultural Communicationという講座を持っています。

現在は、大阪大学の大学院博士課程の2年目に在籍し、研究を続けています。今日のタイトルは、自分の現在の研究分野に関することなので、みなさまのご意見をお聞きしたいと思っています。

夫は日本人で、島根県隠岐の島の出身で、娘(小3)がひとりいて、京都インタナショナルスクールに通学しています。

崎ミチさんの研究課題

研究対象の子どもは小学生(5才~12才)である。次の3条件をあげる。

  1. 母語がちがう(外国生まれ)
  2. 日本で産まれたが両親が外国人、または、片方が外国人である。
  3. 公立の学校に通学している

*日本語で授業を受けている
*場所:京都府内
*外国籍児童(2年前の調査によれば、府内の小学校児童数128594名の内外国籍児童数は767名)しかし、日本国籍を持つ外国につながる児童生徒の数は、この数字に反映されていないことは疑問。
*成績にむすびつかない児童の内訳
a.学業に興味がうすい(理解がゆっくり)
b.怠けている
理由:理解ができなくても無視されている。孤独で友達がいない、文句を言われるなどさまざまな理由が考えられる。日本の移民政策指標は2015年の調査では、38ヶ国中27位である。

参考資料

移民総合政策指標(2015)
多文化共生の新時代 明治大学国際日本学部教授 山脇啓造
「4回目の調査結果(MIPEX 2015)が公表されました。第3回目の参加国にアイスランド、トルコ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国そして日本が加わり、38か国となりました。具体的には、8つの政策分野(労働市場、家族呼び寄せ、教育、保健、政治参加、長期滞在、国籍取得、反差別)について、167の政策指標を設け、数値化しています。その結果、総合的な評価では、スウェーデンが1位(78点)となり、ポルトガルが2位(75点)、ニュージーランドが3位(70点)となりました。4位以下10位まで、フィンランド、ノルウェー、カナダ、ベルギー、オーストラリア、アメリカ、ドイツとなっています。ちなみに、日本はスロベニア、ギリシャと並んで27位(44点)です(最下位はトルコで25点)。(中略)
今回の日本の調査結果を政策分野別に見てみると、比較的評価の高いのが労働市場(65点、15位)、家族呼び寄せ(61点、20位)、保健(51点、16位)の3分野で、残る5分野は、教育(21点、29位)、政治参加(31点、23位)、長期滞在(59点、20位)、国籍取得(37点、23位)、反差別(22点、37位)となっています。近年、ヘイトスピーチ問題が日本でも大きく取り上げられていますが、反差別政策の評価が特に低いことが注目に値します。」

38カ国の「教育対策」の項目を比べ、移民児童生と「教育」に関する統合政策に関する「最悪のケース」のまとめ(移民総合政策指2015参照)(崎)
1. 移民の子どもに関心を教師が持たない。
2. 他の子どもと同様に扱う(特別な手当をしない)
3. 限界を決めない(ここまで以上のケースは特別に手当するなどの限界)
4. 母語に関心がない(以前は、学校でも、日本にいるのだから、外国語である母語を使わずに日本語を使うようにと言っていた)
5. 教員は今まで外国と接することがなく、不安や困った事への想像ができない
最悪のケースが起こる理由について
1. 日本の学校や社会が一斉共同体主義である
2. 出身国の文化や背景を知らない・想像できない
3. 子どもの文化のアイデンティに関心がない
4. 家庭の事情がわかりにくい・理解されないことに不満を持つ
5. 京都府内では、コミュニティがなく、散在している
6. 支援するにも資金が不足している。そのため草の根の支援に頼らざるを得ないが、その草の根団体の多くも資金不足である。
以上の事情をふまえて、自分の研究テーマは以下の3点である。
1. 京都府内の公立学校に通学する外国につながる子ども(国際児)を対象とする。
2. どのような支援が必要か
3. 京都府内の現在の学習支援の内情

方法:
1.インタビュー調査 
2.フィールドワーク
以前のリサーチ例:
1. 公立学校にリサーチした。
2. 学校での支援の内容はだれが、どこで決定するのか
3. 草の根団体の場合:支援の内容(ボランティアか・場所は・言語は・子どもの数等)
4.コミュニティがあれば、どのような支援をしているかをリサーチする
 
結果:学校と両親と両方に、何が必要なのかを問いかける必要がある。ただし、限界がある(needとsupply)。

日本の学校の先生はとても忙しく、子どものニーズにどう対応したらいいのかと悩んでいる。外国籍の子どもも日本籍がある外国につながりがある子どもも日本語の理解度が低い子どもはたくさんいる。

それぞれに学習支援が必要であるが、だれが、なぜやらなければならないかを、政府で検討し、どうするかを早急に検討する必要がある。

今までのように草の根活動に任せておくだけでは対応できない状況になっていく。

グローバル・セッション開始

児嶋:最初に1996年に日本に来たと言われていましたが、そのままずっと日本にいたわけですか?

崎:大学3回生の時に留学し、1年間いて、カナダに帰国しました。もっと日本を勉強したいと再度来日し、大学院も経て研究者になり、日本人と結婚し京都インタナショナルスクールに通う小学3年生の女の子がいます。最初は、日本の保育園に入れ、日本の公立の学校に行かせようと思っていましたが、インタナショナルスクールにも週2日行かせ、様子を見ていました。その後、小学校1年生は公立の小学校へ入れたのですが、やはりこの子にはインタナショナルの方が良いと思い、2年生で転校しました。研究の対象の子どもとしては、私はもともとフィリピンルーツの子どもを見ていました。でも、京都では、ネパール、インド、ベトナムなどが増加して来ています。

佐治(C):パラグラフ2を読んでください。内容は、どのような支援がされているか、支援は足りているのか、どのような支援を増やす必要があるのか、また、モデルとなる教室ではできて、他では何故、できないのかなどを問いかけていますね。私は、日本では、「ダイバーシティ」とか、「多文化共生」という考え方が遅れていると思います。このように求められているのだということを、広報していく必要があると思います。このような活動も保護者から求められているのかも検討して行く必要があるでしょう。また、保護者の所得も低いと子どもに関心がむけにくい環境があるのでしょう。子どもが将来何になりたいのか、親にもボトムアップして、何のために支援をやっているのか、問い続けていかなければならないと思います。先生にも。

Y:高校受験が控えて初めて勉強しなければ大変だと気がつくケースが今までにもありましたね。

佐治:そうなってから来るのですよね。幼稚園の子ども時代から、声をかける必要がありますね。真っ白なところに、勉強の楽しさを。

T:親などが情報収集しなければ、子どもだけでは難しいでしょう。

佐治:賛成ですね。

崎:親にも知らせることも必要ですね。

佐治:京都市か知らないのですが、京都人は伝統を守ることに一生懸命で新しい物を取り入れるから伝統も守れると思いますが。多言語ができる先生を用意するだけでなく、いろいろな背景を持つ子どもが増えると、今までの子どもたちも変わると思います。

児嶋:京都インタナショナルスクールにはいろいろな国の子どもたちがいるのですか?

崎:インタナショナルバカロレアを採用しているので、授業は英語で行われます。でも30ヶ国以上の子どもが来ていて、京都には、このような学校は1つだけです。関西フランス学院などもありますが、あれは、フランス政府が資金を出している学校で、授業料だけでやっているインタナショナルスクールは他にはありません。

佐治:授業料だけでやっている学校は、多分授業料も高いですね。貧乏でも行けるインタナショナルスクールを作りたいと考えています。お金がないから、塾にも行けない、行かない子どもたちがいますね。

崎:多くの親の考えは、「自分の子どもは日本語が話せるから、学習教室へ行かなくてもいい」とよく聞きますね。

佐治:外国人がいっぱいいる京都だからこそ、インタナショナルスクールが必要ですね。

T:インタナショナルスクールというと芸能人の子どもが行っているというイメージもありましたが。

崎:京都インターにも芸能人の子どもさんもいます。でも、多くは親の仕事で来ていて、3年くらいすると、帰国するケースが多いです。しかし、長期間在学する児童が増えて来ています。例えば、夫が日本人で母親が外国人で(逆なパターンもあり)、子どもは日本籍を持つ子どもも京都インターにはかなり増えてきました。

児嶋:このような子どもさんも多く公立に入っていますね。

N:崎さんの研究のテーマや課題を見ていくと、やはり崎さんの研究としての特長をつくり出す必要がありますね。中学校や高校ではなく、なぜ、小学校を対象にするのかなど。また、京都という立地条件を見て行かなければならないですね。まず、集住地域ではなく、点在していますね。これにもフォーカスするといいですね。どのような支援がされているかと、誰の立場として支援状況を見ていくかも大切でしょう。進んでいる外国との比較も大事で、多文化共生が進んでいる政策も見て行く方がいいでしょう。

崎:ドクター論文を仕上げることを目標にしているのですが、もっと、焦点を絞り、現実を取り上げる必要があると考えています。

N:京都は国際家庭が多いのですか?

崎:数字上は多いのですが。

Y:国際交流としてやっていても、南丹市は国際児までの支援はできていないと思います。核になる人がいないのも理由で、なかなか広がっていかないのです。農村部や山間部にも夫さんが高齢で奥さんが外国人で若い例がたくさんあります。車がないと町にもいけないような所に住んでいても、免許を取るにはそれなりの日本語力が必要ですしね。

児嶋:ひまわり教室に来て子どもは勉強している間に、お母さんが車の免許の勉強を指導者に見てもらいながら、取得したケースもありますよ。

崎:現在までもいろいろな研究や実践がありますが、いざ目の前にいると、「何をすればいいのか」と慌てて、絆創膏をはっていくくらいしかできないことが多いです。(対処療法のみ)
娘に京都インタナショナルスクールを選んだ理由をいくつか上げると、
1. 多様性がある(いろいろな国の、いろいろな世代の子どもも親も存在する)
2. 子ども達の持っている力の多様性を認めている。
例1:保育園に子どもが行っているときに子どもに絵を画かせた。
  公立保育園:ちょっとちがった絵を画いたら、なぜと問われた。
  京都インター:どの子の画もみんなちがう。
例2:先生との面談でも他の子とちがうことをしても問題にはされていない
 もちろん、公立でも学校によってちがいはある。京都の白川小学校には国際ルームがあり、ムスリムの子がお祈りをする場も設置されている。給食で宗教のちがいで食べられない物に対する処置も考えられている(崎)。