グローバルセッションイメージ

2021/04/26

2021年4月18日(土)第339回グローバル・セッション・レポート

開催日:2021年3月27日(土)10:30~12:30
場所:ガレリア2階大広間
ゲストスピーカー:品田井サフワンさん(サフィさん)・シリア出身・会社員
コーディネーター:四方美智子さん
参加者:13名

 今回のタイトル:「多文化共生社会時代の子育てとは」

参加者自己紹介

四方(コーディネーター)さん:GSの約束ごとは、「1,当てない 2.どこからでも自由にセッションに入ってよい。」です。

サフィさん:まず、簡単な自己紹介をします。私の名前は、品田井サフワン(サフィ)で、シリア北部のアレッポの出身です。1978年7月24日生まれです。今日のタイトルに書いたAPUには、2001年4月に入学し、2005年3月に卒業しました。趣味は空手(沖縄剛柔流空手道)です。そのほかに、言語を学ぶことが好きで、アラビア語は母語ですが、英語、日本語、スペイン語(大学で)、ドイツ語とフランス語も少し。それに大分弁を話します。家族は妻と子ども2人です。

四方(C)さん:教員を退職後も同じ仕事をしていましたが、この春ですべてをやめました。フリータイムはあちこち行きたいと思っていたのですが、今はどこにも行けないのです。

K・Iさん:今日もお会いできて楽しいです。今回もいろいろ教えてほしいです。カラオケのコーディネーターをしていましたが、なかなかできません。実は私も立命館大卒です。

サフィ:先輩ですね。

H・Kさん:ヒロと呼んでください。ツアーコンダクターをしていますが、今は難しいです。琵琶湖畔の大津市に住んでいます。外国人も今は来ないので、フラストレーションが溜まっています。でも今年は多分まだ難しいと思います。オリンピックも難しいと思うし、来年の春以降は良くなるかな。

四方(C)さん:英語を使う機会もないですしね。

M・Fさん:亀岡在住です。映画会社に勤めていましたが、今も、NPO法人の京都映画クラブを作り、小学生の映画作りをしています。2.3人のスタッフ(カメラマン・ディレクター・レコーディングなど)と共に、短編映画を作っています。(京都市と草津市で)別のプログラムもあるので、月から金まで10時から4時までの仕事です。

H・Tさん:絵本を作っています。ひまわり教室で滑川さんといっしょに絵本作りをしていて、サフィさんにも小さいころのお話しを聞き、絵本を作っています。息子も立命館を卒業し。今は大分で竹の専門の学校に行っています。別府にいます。

N・Kさん:小学校教員を長くしたあと、ひまわり教室にお世話になり、行けないこともありましたが、これからも続けたいです。生け花も好きですし、外国のことも日本のことももっと知りたいと思っています。

K・Yさん:ひまわり教室で読み聞かせを担当して5年目になります。かみしばいや絵本をたくさん読んで来て、新しい本が入るとうれしいです。その他に視覚障害を持つ人のための音訳の仕事もしています。それと、英語も勉強したくなり、始めました。

E・Nさん:京都市内に住んでいます。中矢田教室のみなさんと絵本作りをしていますが、昨年は忙しくなりました。京都女子大で教えています。

Y・Nさん:亀岡で生まれ育ちました。でも亀岡についてでも知らないことも多いなあと思っています。先ほどの方の京都女子大が母校ですが、当時は外国との関わりのある活動もしていました。小学校の教員を35年して退職しましたが、その後もひまわり教室や障害者施設などでボランティアをしています。趣味は、ピアノ、お茶、生け花などいろいろありますが、今一番はまっているのは、パッチワークです。

M・Yさん:ちょっと緊張しています。60才まで中学校の教員をしていました。水墨画やスポーツが趣味です。ひまわり教室では、サフィさんの息子さんの大夢(たいむ)君が担当です。別名ちょろ君です。頭がいい子で新しいことにも挑戦して元気をもらっています。お父さんのサフィさんの話は2回目ですが、今日はちょろ君に会えず、残念です。

児嶋:このGlobal Sessionは、私が勤務していた亀岡市交流活動センターで1999年に開始し、毎月1回の開催をして来ました。今回は339回目になり、20年を超えて続いていることをあらためて思います。

R・さん(サフィさんの娘さん):安詳小学校の5年生です。絵をかくことが好きです。今やっていることは、バスケと習字です。

グローバルセッション開始

セッション開始: サフィさんの話から

「Being Global」

 私がAPUに来る前と後を比較すると、まず、国際的になったと言えます。今日はこれから思いつきで話すので、いつでも質問などで入ってきてください。立命館大学のAPU(Asia Pacific University)と言う立命館アジア太平洋大学とはどんな大学か?

Why APU?

 九州の大分県の別府にあり、2000年の創立で、私は、2001年に入学した第2期生です。 私は、シリア出身ですが、ここでいろいろな国の人と話したいと思って入りました。

この大学の目的は、アジア・太平洋地域を発展させるための人材作りを目標とし、「自由」と「平和」を基本としています。

 私がいた当時のシリアは、外からの意見を聞ける機会があまりなく、政府がまちがった事を言ったとしても、比較して判断するという事ができない状況でした。

 APUでは、90カ国以上の国から学生が来ていて、全部英語での授業があり、意見を自由に言える場がありました。大学では、議論するスキルを作る事が目標とされ、どういうふうに説明したら、理解してもらえるか、相手の意見も認めながらですが。

本日のゲストスピーカー サフィさん

四方(C)さん:日本の教科書にも議論をしようとする学習単元があるのですが、日本の教育では、なかなか難しいですね。賛成意見と反対意見を聞き、聞き手に判断してもらうような感じで。

サフィさん:日本語の授業もありましたが、思っていることを書くことや、単語がわからなくてもジェスチャーで議論をすることもありました。「まちがったらどうしよう」などと思う気持ちがだんだん少なくなり、これもAPUのおかげだろうと思っています。

四方(C)さん:どうしてAPUに?

サフィさん:なんでAPUに来たかですが、実はAPUを知ったのは全く偶然でした。

 高校生だった17才のころ、「留学したい」と思うようになりました。父母は反対でしたが、ひそかに思い続けていました。英語が使える大学がいいと、イギリス・アメリカ・オーストラリアなどの大学を見ていたのですが、学費が高く、無理だなと思っていました。いろんな大学に手紙を送り、案内状を集めていました。日本の大阪大学と東京大学にも送りましたが、日本語のパンフレットを送ってきただけでした。そのままシリアのアレッポ大学に入学し、その中の日本人の友人がAPUの案内状(英語ベースと日本語ベースとの2コースがある)を見せてくれました。ここに行くといろいろな国の人に会えることもわかりました。とてもこの大学は親切で、説明も何度もあり、一度は直接大学から電話ももらいました。留学生は試験というより、日本語で作文を書くことだけ要求され、JICAから来ていた日本人の友人が英会話をしながら、手伝ってくれました。将来、何をしたいかを書けと言われ、「母国と日本との架け橋になりたい」とたっぷり書いたら通りました。

四方(C)さん:当時は日本をどんな国だと思っていたのですか?

サフィさん:電化製品の優れた国だと思っていました。サンヨーの洗濯機とか、マツダの車とかたくさんありました。

What is my input at APU?

22,23才のころだったので、なんでも受け入れて新しいことに挑戦したいと思っていました。はじめての外国暮らしで家族とも離れ、アラビア語以外の暮らしも始めてでした。ある程度授業を英語で受けられるようになると、積極的にまちがいを恐れなくなりました。当時のTOEFLは600点くらいで、会話力の部分が少し低いという状況でした。(4年後の卒業時には、TOEFLは975点でした)

 実は、APUにいくことが決まってから、日本語を少し学び始めていました。飛行機で福岡空港に降り立ったとき、飛行機が遅れたためか、私を迎えるために待っていた人がいなかったのです。とにかく別府行きの拘束バスに乗り、駅に着くととにかく大学に行かなければと思ったのですが、だれも近くにいません。そこにひとりのおばちゃんがいて、バスターミナルに連れていってくれて、バスを止め、運賃も支払ってくれました。そしてようやくAPUに着いたのです。

 メディアセンターに行き、家族に連絡もしたのですが、その時もそこにいた人が英語で案内してくれました。

 APUの寮では、キッチンに行くといろいろな国の調味料の匂いがしました。なつかしい匂いもしたので近づくと前日、英語で案内してくれた人で、ヨルダン出身の人で共通言語はアラビア語だとわかりました。

 寮の中では、留学生同士で、いろいろな言語でいろいろな料理をしていました。

 その中で5人くらいのおしゃべりグループができて、毎日いっしょに座り、映画の話や議論もしました。韓国人・香港人・ハワイ(アメリカ)など。ひとつのテーマを取り上げ、いろいろな言語も使いながら話すのです。このような中でことばを頭の中でどのように覚えられるかを考えるようになりました。

 私は、今日本語で話していますが、アラビア語で考え、それを日本語に訳しているのではありません。はじめから日本語で考えています。

 APUでは、学生がやりたいことをやらせてくれました。サポートもあります。1年くらいで別の大学に留学するひともいました。私は、機械に興味があり、APUにロボット作の会の案内状が来たので、申し込むと大学が福岡までの交通費を出してくれたりもしました。サークル活動も始めましたが、最初は、日本に特化したことをやりたいと、茶道・生け花・和太鼓・空手などいろいろです。

 ホームシックにならないために一人にならないようにといろいろやり始めたのです。でも奨学金をもらっているので、成績を落とすことはまずいとサークル活動は空手だけにしぼるようになりましたが。APUでは「天空祭」や週単位のイベントがあり、ベトナムウイークとか、ラテンウイークなどもありました。私は、「空手ポンチ」を作り運営もしました。

卒業式の写真:着物を着ています。

卒業後:What is the Output?

サフィさん : 独立した判断力を持てるようになった。国境で切れない競争力も。

ネイティブに近い英語力(TOEFL975)・

ビジネスができる日本語力+@:この+アルファの意味は、日本のテレビのバラエティ番組をみながら、堅い日本語におわらいの言葉を取り入れようとしました。最初の就職先は富士通でしたが、エレベーターにたくさん乗っていたときに知人と話したわたしの日本語が大分弁だったようで、大爆笑になり、それからいろいろな人が部署に訪ねてきて、たくさん友人ができました。

自発的に行動するようになった:APUに来る前は、だれかに背をおしてもらわないとやらないタイプだったのに、ひとりでもやるという気力がつきました。

全世界に広がる友達マップ:フェイスブックに「I’m in Soul」などと入れると、たちまち、「会おう」とか返ってきます。

Words are still in my mind

 バランス:どこを一番大事にするのか?この間隔が大切と思います。空手もバランスが良くないときれいに見えません。

児嶋:: サフィさんは、最初は富士通に就職したのですが、家族ができて家族との時間をもっと取りたいと別の仕事先を探したら、亀岡にあったので、亀岡に住むようになったのですね。

サフィさん:そうです。機械関係の仕事をしていたので、夜中でも呼び出しがあったり、土日でも仕事に行かなければならなくなったりして、家族との時間がとても取るのが難しくなってきたのです。給料は四分の一減りましたが、今はこの方が幸せです。

 信頼は、リーダーシップの秘訣:信頼をすることで着いてきてくれるひとが多いです。

 WE CAN DO IT:これは、APUの入学式の終わりに聞いた言葉で、卒業式には卒業生がみな、これを叫びながら、ぼうしを投げるのです。みんな自信を持てて。

 国境は頭の中だけ:国境は紙の上だけの話です。自分へのメッセージでもあり、あなたはこの世界の一員であり、世界を変える力がある。その力を使うか使わないかはあなた次第であるという意味です。

四方(C)さん:もし、若ければAPUに行きたいです。

児嶋:行けますよ。私も停年退職後、60才で立命館の大学院に入りましたよ。

サフィさん:ボーダーは自分で作っているのでしょうね。APUもいろいろな世代がいますよ。

四方(C)さん:別府温泉は行きましたか?

サフィさん:コミュニティ温泉があり、無料なんです。

四方(C)さん:ここにも何カ国語かを話す人が何人かいます。外国語の2か国語目は楽ですね。

サフィさん:APUでは、最初は英語だけを話していましたが、日本語を学びだしてあまり難しいと思わなかったですね。スペイン語も好きで、母音がはっきりしていて。夢の中で、みんなそれぞれの言語を話しているのに、その下に字幕がついているのを見た覚えがあります。

四方(C)さん:ひまわり教室の先生達も聞いてみたいと思いますが、子どもさんを何語で育てるかに迷いはないのですか?

サフィさん:迷いました。今も迷っています。日本語が普通に話せるようになってほしいのは一番ですが、では、アラビア語や英語はどのようにこの子ども達に教えていくべきか、考えています。家では、アラビア語で聞いたら、アラビア語で返事をするように指導をしています。

四方(C)さん:娘さんや息子さんは、「学習言語」としての日本語が身についてきていたらいいですね。

サフィさん:どの言語を話しているかをいつか自分で区別できるようになってほしいと思っています。

Y・Nさん:質問ですが、空手を選んだ理由をお聞きしたいと思います。日本文化の中のひとつですが、それには、男尊女卑など因習もありますね。

サフィさん:空手の先生はアメリカ人でもっている力を分け与えるという考えで教えてもらいました。

12:30を過ぎました。あとは、各自で質問と言うことで、一応散会しました。

感想集はこのあとに。 

 参加者の皆さんから、終了後の感想をメールで頂き来ました。

K・Iさん

「サフィさんのGSは、2020年6月に続いて2度目ですが、今回も実に興味津々でした。

〇 Being Global 国際人として活きる!そのために

  ①沖縄空手道 同意です。健全な精神は、健全な身体に宿る。

  ②世界で生きられる能力を持つ。知識に裏打ちされた技術を持つ。

  ③言葉のシャワーを浴びる。   debate 

 {いいなー!}当たり前なのですが、堂々と正論をしかもゆっくり丁寧に言われると実にストレートに入ってきます。

思いかえせば、ほぼ50年前に立命館の入学式で、末川学長が言われていました。「コギト エルゴ スン」だったかな??[我思う 故に 我あり」=カントの言

ところが、時は高度成長の真っ只中 さしたる努力もなく職を得、伴侶もしかり。

今になって後悔しています。しまったしまった島倉千代子 こまった困ったこまどり姉妹 なんてね!

そこで サフィさんにお願いです。今度は、GSを小中学生対象に一度お願いいしたいのですが!ぜひよろしくお願いします。」

H・Tさん

 興味深いお話で、時間があっという間でした。誰かに伝えたくなるようなエピソードがたくさんあり、帰って夫に話し、別府に住む息子にメールし、今週実家に行った時には母にも話そうと思っています。サフィーさんのおかげで、シリアに関する本や新聞記事やテレビ番組に興味を持って見るようになりました。ありがとうございました。

E・Nさん

「サフィ―さんのお子さんたちのことばの教育についての質問があったと思います。二人のお子さんにとって親から受け継ぐ言語=アラビア語についての質問でした。これまでは子どもたちのもう一つの言語と文化に関する、このような議論はあまりなかったように思います。日本語と学校での学習のことが主に話されていたと。みなさんが子どもたちと親御さんたちのことを広く深く理解する視点をもつようになったのではないかと大変うれしく思いました。」

N・Kさん

「お話をありがとうございました。まず、流暢な日本語に驚きました。日本語をほとんど知らない状態で来られたとのこと、言葉の習得だけでも、どれほどの頑張りがあったのだろうと思いました。

シリアから世界を視野に情報を集めて大学を選び、奨学金を得て学びの道をつかみとるという逞しさ。大学で世界の国々の人達と知り合い、学び合うことを楽しみかつ吸収する力強さ。国境を越える活動をする自信。素晴らしいなあと思いました。ぽろりともらされた「奨学金を貰うためには頑張らないといけない」という言葉は、一見明るいことばかりに見えるお話の裏にある、人知れぬ頑張りを感じさせるようでした。

新聞などで知るシリアは政情不安定で危険な国というイメージになりがちですが、こんなにしっかりと学び活躍しておられるサフィーさんのお話を聞いて、世界の本当の姿をもっと知りたいと思いました。そして私も、自分なりに日々学び成長する自分でいたいと思いました。

ありがとうございました。」

Y・Nさん

「品田井サフワンさんに「APU時代からのわたし」をテーマに・なぜ、日本に留学されたのか・どんな大学時代を過ごされたのかをお聞きしました。   『あなたはこの世界の一番、あなたはこの世界を変える力がある。この力を使うか、使わないか あなたしだい。』この言葉通り、自力で考え、できるまで追究されてこられた生き方に感動しました。日本文化を追究されてきたことで質問させて頂きましたが、封建制度から成り立ってきた本国においては、日本文化の伝承に底深く残っている主従の考え方の理解を意味していました。私自身、生け花、茶道の世界に10歳ごろから親しんでいました。その中で日本文化の根底に残る流派等の考え方に疑問を感じていました。でも、この考え方を尊重すること・尊敬することなのですね。今でもうまく表現できないことをお許しください。

M・Yさん

WHY APU? 

自国にいたときには、小さな国でまちがえた考えを持っていても、比較する手段がなかった。

 APUでは、*意見が自由に言える。*まちがっていれば直すことができる。

*英語で考える大学を希望した。

 (ここでは、世界の人たちと話ができるのかな?)

まとめ 

シリア独特の社会や家庭で育てられたのでしょう。自分の考えや思いに対して自由がほしかったのではないでしょうか?この条件を満たしている大学がAPUだったのです。

 入学が決まると、新鮮な気持ちで日本語を始め、何事にも興味を持って挑戦したいという気持ちが強かったようです。APUでの青春時代は、他国の人々との出会いを大切にしながら、その中においても日本の文化の中の4つ(空手道・茶道・生け花・和太鼓)をホームシックにかからないために励みました。「この気持ちは母国を離れて生活をした者しかわからないと思います:サフィ」

 学生時代には、日常使っている言葉のみではなく、バラエティ番組に出てくることば等を研究し、卒業後のビジネスができる日本語力を高められました。このようにサフィさんは、色々バランス良く考えやいろいろ体験され、自分の将来への道を切り開いて行かれました。(まさに、生きる力ですよね。すごい!)

 そして、晴れて学位授与式には、和服姿で出席されました。そして、サフィさんは、「国境は頭の中のみで、自発的に行動すれば、大きな国境としての壁はないと思います」とも言われています。

WE CAN DO IT:

 自分でできると信じ、確実に実現されていったのです。尊敬します。

  最後にサフィさんからのメッセージを3つ。

  • あなたは世界の一員である。
  • あなたはこの世界を変える力がある。
  • この力を使うか使わないかはあなた次第だ。

終始、明るい表情で、着飾ることもなく、楽しくお話しをしていただきました。ありがとうございました。

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