2022/02/16

2022年1月23日(土)第348回グローバル・セッション・レポート

開催後のレポート

2022年1月23日(日)第348回グローバル・セッション・レポート
開催日:2022年1月23日(土)10:30~12:00
場所:ガレリア3階研修室
ゲストスピーカー:品田井サフワン(サフィ)さん(シリア出身・亀岡市在住)
コーディネーター:四方美智子さん
参加者:14名

 今回のタイトル:「僕の言論の自由」

自己紹介

四方(C)さん:前回(2021年4月)にも参加しましたが、その時に立命館アジア・太平洋大学(APU)に留学したときには、日本語をほとんど話せなかったと言われたのを覚えています。

サフィさん:そうです。日本語を何も知らないので、バスの運転手さんに手で教えてもらってやっとAPUにたどり着いたことを覚えています。

四方(C)さん:シリアの母語はアラビア語ですね。英語は話していたのですか?

サフィ:はい。その後、スペイン語も、大分弁も話せるようになりました。M・Mさんも大分弁ができるでしょう?

四方(C)さん:その時にお聞きした「チャレンジすることが大切です。」と言われ、You can do it.とも言われたのをしっかり覚えています。(自己紹介が始まる)

M・Mさん:では、私から自己紹介をさせていただきます。サフィさんは、APUの私の先輩です。私も 立命館APUに行っていました。

児嶋:今回は1999年にGlobal Sessionを前の勤務先である亀岡交流活動センターで始めて348回目になります。大体月に1回ゲストをお呼びし、セッションをするという形で続けてきました。2011年に退職してからは、Office Com Juntoとして継続し、現在に至っています。

H・Kさん:私は、大津市から毎月1回は亀岡に来て、GSに参加しています。(大体最初からの参加者ですね。児嶋) 仕事はツアーガイドですが、ここ数年は、外国にツアーで行くこともなく、外国からも来ないので、自由時間があり、充電中とも言えます。

H・Tさん:ひまわり教室の中で、サフィさんにもインタビューをして絵本を作りました。(YouTube配信で見られます:「たげんごオリジナルえほん」と入れると音声付きで見られます。)

Y・Nさん:ひまわり教室の指導をしています。以前は小学校教員で、中矢田教室で、山田先生といっしょに読み聞かせをしています。最近はコロナ禍で回数が少なくなっていますが、外国につながる子どもさんといってもいろいろな家庭があり、これからも続けていきたいと思います。

K・Yさん:児嶋さんとは、20数年前からつながりがありましたが、ひまわり教室をされるようになってからまた、いっしょにやっています。(読み聞かせのプロですよ。Tさんの絵本の読み聞かせもされ  ています。児嶋)

ヌーラさん(サフィさんの奥さん):20才で結婚してシリアから日本に来ました。今は3人の子どもがいます。

四方(C)さん:ひまわり教室の指導者と亀岡のもうひとつの組織の多文化共生センターの相談員もしています。

Y・Yさん:ひまわり教室の指導者であり、現在千代川小学校でも指導をしています。この間の1月18日には、サフィさんに千代川小学校に来てもらって、シリアの話を子どもたちにしてもらいました。今日は、子どもたちからのメッセージを持ってきています。あとでお渡ししたいです。

K・Yさん:ひまわり教室の指導者です。前は二つに分かれていて、子どもが少なかったのですが、今は合同でやり、たくさんいるので楽しいです。70才以上の私もT君から元気をもらっています。元は中学校の教員で、小さい子どものことはわからなかったのですが、子どもたちの成長を見ると元気になることがわかってきました。

Y・Zさん:2021年9月1日から、千代川小学校で(外国につながる子どもの)児童教育支援をしています。ひまわり教室については、山根先生から紹介してもらいました。中国出身の子どもたちの日本語教育の力になれればと思います。(京都市内の日本語学校の教員です。児嶋)

T君(サフィさんの息子さん):パパのむすこのタイムです。安詳小学校3年生です。弟が生まれました。

グローバル・セッション開始

サフィさん:品田井サフワンといいますが、サフィと呼ばれています。シリアのアレッポの出身です。2011年と2012年には、内戦がありました。僕の名前はサフワンですと言っても、いつもサフランと呼ばれたので、やめて、「サフィ」と呼んでもらうことにしました。

M・Mさんもいらっしゃるので、APUの話ももっとしたいのですが、今日は別の話にします。2005年に卒業し、富士通に10年間勤めました。仕事はおもしろかったのですが、コンピューターからもう少し人間に近い仕事がしたいと思うようになり、亀岡の(株)ニッシンという会社に移り、営業職で仕事をしています。今は、海外へ行く機会もありませんが、英語、アラビア語、スペイン語と日本語を使う仕事をしています。

「僕の言論の自由」について」

自分の子ども時代から振り返ってみて考えていることを話してみます。「言論の自由」と「表現の自由」は、どうちがうのか。言論の自由とは、「Freedom of Speech」 であり、校閲を受けることなく表現する自由という意味です。

表現の自由は、「Freedom of Expression」で、表現する権利を含みます。そのため、表現の自由の中に、言論の自由は含まれると思います。「自由に人に意見を言う」という言葉がありますが、自由の種類にはどのようなものが有るでしょうか? 

「表現の自由:人からのプレッシャーも受けずに言う」

「報道の自由:ニュースなどが抑制されない」

「出版の自由:本を抑制を受けず出版できる」(シリアでは、どこかの機関を通らないと無理)

「集会の自由:シリアでは、グループで集まる場合は、許可が必要。内容の説明や資料の提出も必要である。

「結社の自由:誰でも団体を結成できるとする権利です。また、団体に加入や脱退する権利、団体を解散する権利も含まれます。シリアでは、政治的組織結社は無理」

「信教の自由:特定の宗教を信じる自由または一般に宗教を信じない自由をいう。

日本では保証されていますね。

このようなシリアでの自由のちがいはありますが、幼いころは、組織として洗脳されていたので、なんとも思わなかったです。シリアで生まれて、大学まで行っても、それがいけないと誰も思っていません。外へ出て見ると、今は不思議に思えますが。

シリアでは、小学校に入ると組織の一員になると見なされています。バース党という組織が支配しています。大統領の写真も学校に飾られ、小学生用の組織が作られます。例としてあげれば、5年生になるとキャンプに行きますが、朝の集会で大統領の表現をマネをして繰り返します。

Y・Zさん:中国でもよく似たことがあります。

H・Tさん:私の母が子どもの時は、日本も戦争中で、「天皇陛下、万歳」といつも学校で叫んでいたと聞いています。

サフィさん:子ども時代の考える力がないときに教え込まれるので。今もシリアにいて、「そんなことない」と思って居る人がいます。昔の日本でもそうは思わずにしてしまっているはずで、でも他の人の考え方が置き換わっているのでしょう。

子どもが小学校に入学します。「座りなさい。」と言われ、目を閉じて、「神様に欲しいものを願って  ください。」目を開けると、何もありません。もう一回目を閉じて、「この将軍様にお願いしてみなさ  い。」その間に、先生が机の上に並べます。「目を開けて」(うわー)欲しいものが全部そろってい  ます。神様よりすごいでしょう。

これは、ある国の話で、絵に描かれた物です。

シリアの話:中学校に入ります。小学校とは別の生徒の組織に入ります。毎日ラジオで大統領の話が流れます。高校に入ると、ちょっとした自由はあります。良い大学に入るのは高い点数を取る必要があります。あと2、3点あれば入れるという場合、組織の一員だったら、賄賂か何かを使ってでも入り、高い層に行きます。もし、組織に入っていなかったら、その流れには乗れず、低い層にしか行けません。組織の敵ともみなされたりします。大学に入り、そこを卒業して、公務員になる人もいます。(一党制なので、命令に従う必要がある)

ボランティアといっても、「みんな出なさい。ボランティアに。」と言われ、出かけるが、手をしばられている絵があります。(大統領のために何でもします)と言う意味。

私もシリアでの大学生時代は、デモもでないといけないので、出ましたが、「万歳」と言って帰り元の生活に戻ります。(好きでやっているわけではないが、洗脳されているので、不思議とは思わなかったです。

仕事に行く日に、「病気でデモには行かない」と言うと、「気をつけろよ。」とか、「見られている  よ。」とか、「壁に耳があるよ。」とか、「不都合があるよ。」とか言われました。普通の人が密告することもあるようです。

「何を見るか」「何を聞くか」ですが、1+1=2ですが、政治家が1+1=5というと、「そうです。正しいです。」と言わなければなりません。 

日本に来て会社に入った時も、同じようなことを感じたことがあります。

以前ですが。会社のトップが言うと、「その通り」と言わなければならないような雰囲気がありますね。

「ストックホルムシンドローム」というのを知っていますか?

ある銀行強盗が、中にいた人を人質にして籠もり、中の人質の分も含めさまざまな要求を出しました。食べ物や飲み物、ふとんなども。その人質にされた被害者は犯人に親しみを感じるようになり、犯人に過度の連帯感や好意的な感情を抱くようになる現象です。その中にいると、「安全」で、自分にしてくれる犯人に対して支援もするというような現象です。外の方が危険だと思うとか。うちの家の猫もそうかな?(1973年にストックホルムでおきた人質立てこもり事件で、人質が犯人に協力する行動を取ったことからついた名称)

四方(C)さん:日本の若者の中に、外国に行こうとしない人が多いようですが、それに似ていませんか?

サフィさん:日本の若者はチャレンジ精神がないだけで、恐怖感を持っているわけではないですね。ストックホルムシンドロームというのは、ハチミツの中に毒を入れてそれを気づかずに食べて悪い結果につながるという意味です。独裁政権の中にいると、居心地がいいと思う人もたくさんいます。

例えば、電機や石油が一日に4時間しか使えない状況でも、政府に文句は言わないのです。(サフィさんの説明)

The Monkeys and the bananas

Googleより:「5匹のサルの実験が行われたかどうかについては論争がありますが、ビジネスオーナーおよびCEOとして、たとえそれが類推としてのみ見られたとしても、これから学ぶことはたくさんあります。

5匹のサルの実験は、組織内の伝統の普及について多くを語っています。

伝統はすべての組織の一部であり、特に労働力の大部分がしばらくの間存在していた場合はそうです。しかし、これらの伝統は、特に新入社員が新しいアイデアを追求することを止められた場合、職場内での進歩に悪影響を与える可能性があります。いつものやり方で何かをすることに集中することで、組織は「バナナ」(彼らが求めている賞品)を手に入れることができる新しい方法を知らないことがよくあります。したがって、5匹のサルの実験では、新しい光から物事を見る、常に正しいとは限らない物事に疑問を投げかける、「私たちはいつもやってきた」という言い訳を使わないようにするために、常に挑戦する必要があることを教えてくれます。新しいことを試みたり、新しい方向に分岐したりすることを避けるために。言い換えれば、その「バナナ」が必要な場合は、創造性を発揮したり、新入社員に新しいことを試してもらう必要がある場合があります。」

サフィさん:今は世代間の紛争が起こっていると思います。親は、「こんなことをしたらあかん。何が起こるかわからないよ。」と言っても、若い世代には伝わっていません。また、私のように国の外にいても心配するとことがあります。外にいるから、言いたいことが言えると思うかもしれませんが、親や友人は国内にいます。

「こんなことを言ってはだめ」ということを言うと、「国内にいるぼくらは大丈夫ではない」のです。

有名な漫画家が政治的な要素のあることを書いて外国に逃げたのですが、その人の親が連れていかれてぼこぼこにされた事がありました。「自分さえ良ければいい」ではなく、やはりバランスを考えなくてはいけないと思います。自分はつかまえられたり、殺されたりはしないけれども、親や友人のことも考えなければならないと思います。

では、自分の中の自由とはどのようなものなのかと考えると、やはり限度があると思います。他の人に害を与えてはいけないからです。

日本もこれからは別の意味で監視社会になっていくかもしれません。

SNSでは、監視社会では、出したことは記録されるかもしれないという心配があります。SNSでの犯罪はケイタイやカメラからもおきます。

四方(C)さん:自分の身の回りには、「自由」はあるものだと思っていましたが、最近は、SNSなどを使って「無視される」など日本でも監視社会というものになって来ているのかと思うようになって来ました。

サフィさん:外国に送ろうとしてもインターネットがつながらない場合もあります。それと、ネットは見られてもいいけれども、過度に反応をしないことですね。

四方(C)さん:昨日のニュースに、アフガニスタンで、キリスト教徒が調査と言われ、連行されたと。信教 の他、女性の働く自由も、アートもない現状ですね。

サフィさん:自由の制限をする側は、その判断をするときに理由付けをします。例えば、「イスラム教でないと地獄へ落ちます。その事象からあなたを守るために、イスラム教徒になってください」とか。

また、日本でもシリアへの渡航は禁止されていて、2013年に日本人のフリーカメラマンが現地のISをテレビ取材したいとして言ったら、出発前にパスポートが没収されることがありました。その理由は、「あなたを政府が守るため」と言われたそうです。

民主主義と言っても、少数派の意見を聞かないのはおかしいと思います。私は、「日本に来てよかった」と思いますが、シリアにいたら、このような自由はないですから。

M・Mさん:サフィさんが、現在のような考え方になったのは、いつからですか?

サフィさん:2001年に立命館APUに来た時には、シリアの状況は、おかしいと思っていたけれども、政府のせいとは思っていませんでした。子ども時代から、政府主催のグループに入団していて、インターネットでも1980年代に起こったことは、話させなかったです。それは、中国で起こった天安門事件があり、政府に対して反対運動を起こし、制圧された事件ですが、ネットで調べると、シリアのハマという町が24時間以内に空爆された事件があったようですが、どこにも報道されていませんでした。このように、外国で見ていることと現実に見ていることは、全くちがっていました。

四方さん:日本に長く暮らしておられて、日本に対するご意見はありますか?

サフィさん:戦争に対する考え方ですが、第2次世界大戦で負けているからかもしれませんが、「戦争は繰り返したくない」という考え方を感じます。「みんなと友達になる」という日本の考え方はとてもいいと思います。それと、「人助け」という考え方は、昔はもっとあったはずで、となりの人を助け合うような方法を、昔に戻ってでもとる方がいいと思います。

M・Mさん:私は、フランスやアメリカのロサンジェルスなどいろいろ回って日本に帰国すると、日本の「あれっ?」と思う点がたくさん見えて来ました。権力のある人が、1+1=5というと、何も言えないような現状が日本でもそこらじゅうにあって、これからは、ちょっと変えていかなければならないというアングルがあると思います。若者も含めて、1歩、日本の外へ出れば、日本がかなり閉鎖的だと見えるのではないでしょうか?

サフィさん:「バランス」というキーワードが大切と思います。APUに居たとき、空手クラブに入っていて、アメリカ人の講師でした。その人から、「いろいろな事にバランスを考えないとくずれてしまいので、バランスが大切だよと教わりました。日本の社会では、「だれかに変な目で見られる」ことが大切なようですが、そうではなくて、自分で考える必要があると思います。家族でも、夫と妻が全く違った意見を持っていると、子育てでもバランスがくずれるはずで、少しずつでも、1歩ずつでも歩み寄らないと、と思います。

夢を持っていて失敗してもいいけれども、やらなかったら、後悔すると思いますので、これもバランスですね。

Y・Zさん:今は、中国の家族ともネットがうまくつながらない状況がありますね。

H・Kさん:2年前に上海にツアーで行った時に、中国に入ると、今までのネットはシャットアウトされました。日本のテレビも以前は映っていたのですが、今はだめなようです。オリンピックがあるので、例のテニス選手の話のころから、監視されていると思います。今は、日本と中国は、鎖国のような状態ですね。

M・Mさん:実際には、子どもなどには全く関係がないし、政治の話なのですが。政治抜きでディスカッションできないかと思います。

サフィさん:中国製のワクチンだけを中国で飲んでオリンピックをやろうとしているようですね。

H・Kさん:今中国は漢民族を増やしたいといろいろなことをやっているようですね。監視カメラを つけてチェックをしたり、異民族の住む地域で、その言葉を教えさせないなど。

四方さん:もう12:30を過ぎてしまいました。あとは、次回でお話ししていただくことにして、今日は、ここまでとしましょう。

Session後の感想集

(H・Tさん)

「現在の日本は「自由」が保証されているように見えます。でも、サフィさんのお話を聞いて、母から聞く戦争中の日本と変わらないと感じました。国が、個人の心や行動を管理できるということは、心得ておくべきだと思いました。自分の自由な発想が認められる、同時に他人の自由な発想を認める、そんな社会になればいいなと思います。子ども達に、いろんな国・いろんな社会・いろんな考え方があることを知ってもらいたいです。」

(Y・Nさん)

「1月グローバルセッション(22.01.23.)品田井サフワンさんに「僕の言論の自由」というタイトルでお話していただきました。『自由』の種類を提示されました。自分の成長期から組織化された社会に洗脳され、正しいことが言えなくて、表現・思想の自由はなかったということでした。自分にとっての『自由』は自分の中にあり、線を超えないでバランスよくほどほどに生きてきることが親から引き継いだことだったということでした。これからの心配は、言いたいことが言えない監視社会になっていく中で、【夢を持つ】生き方がしたい。ということでした。自分自身の考えを表現していく言論の自由を奪うことは、日本が歴史的に歩んできた暗い道であり、いま世界中で起こっている様々なことが戦争前夜であると思いました。言論の自由・表現の自由を守ることで「命を守ること」そして、それがみんなが夢を持って、よりよく生きようとする力のなることをお話を聞いて思いました。サフワンさん、ありがとうございました。」

(K・Yさん)

「お話を聞きとても感銘を受けました。サフィさんの経験からの言葉の重さと、飾らず真っ直ぐな人柄がストレートに心に響きました。サフィさんが好きな言葉だと言われた“Balance for my life“は、全ての事柄において、とても大切な事だと私も思います。縁あって日本に住み、縁あって亀岡に住んでおられる事を嬉しく思いました。そしてヌーラさんと赤ちゃんも参加してくださりサフィさんご一家の温かさを垣間見る事ができました。良いひと時を本当に有難うございました。」